061『遥かなるMixing Lab 2/バビロンなホテル』 グッ・モーニン

私たちはジャマイカの
ノーマンマレー国際空港に降り立った。

前回の話でもお解りのように、
今回の総てのレコーディング・プランは
プロデューサーの久保田麻琴さんによる
コーディネイトである。

したがって、ジャマイカで
宿泊するホテルもお任せだった。

空港から地元のコーディネイト会社のクルマで
ホテルへと向かう。
空港から車で数十分、ダウンタウンを抜けた
オックスフォードロード沿いに、
僕らが宿泊するペガサスホテルはあった。
いわずと知れた、
ジャマイカを代表する高級高層ホテルである。

しかし、そのホテルの部屋に入るなり、
あろうことかエミリが文句を言い出したのだ。

「こんなバビロンなホテルには泊まれない!」

高級ホテルの高級な壁をなでながら、
まるで中世の祈祷師のように、
ボソッと訴えた。

それは、文句というより感覚的なもの。
ホテル建設時に犠牲となった死霊たちが、
いきなりエミリを支配していたのだ。

(こやつ、まるで ギボ・アイコだな…。←古い)

その横で、そうだ、と言わんばかりに
冨士夫もうなづいている。
高級ホテルの高級なベッドに座り込んで、
ウチひしがれているエミリと、
その想いに追いつこうと
必死に想像力を働かせている冨士夫がいる。

(こりゃあ、やっかいなことになるぞ…。)

心の中に暗いさざ波が沸き立ち、
覚悟という防御服を着ようと思った…、
そのときだ。

「もっと俺たちふさわしいホテルがあるはずだ」

冨士夫が歌舞伎役者のように決めた。

「見つけたら連絡するよ」

と言い残し、夜のキングストンに飛び出す二人。
荷物を持ったまま、勇んで出掛けて行った。

“ こりゃあ、しょっぱなから、
かったるいことになった。
ほ〜んと、めんどくさい。
何がバビロンだ。
オイラにとっちゃ、
あんたたちがバビロン×2なんだから ”

な〜んて、ぶつぶつと呟きながら、
ホテルのロビーをプールのある方へと歩く。
麻琴さんの部屋に連絡したら、
サンディが出て、「プールに行ったよ」
って教えてくれたからだ。

ゴージャスに吹き抜けた
バビロンロビーを抜けると、
エメラルド色に水面をライトアップした
美しいバビロンプールに出る。

麻琴さんは、
プールのDrink Barのサイドにある
白いビーチチェアに腰掛けていた。

その前にある白いテーブルには、
溢れんばかりの生果実がのった
フレッシュジュースが置いてある。

「やぁ、どぉ? このホテル」

薄いサングラスに
軽く手をやりながら麻琴さんが微笑む。

「良いっスね、綺麗だし、好きですよ、僕は」

とか言いながらテーブルの
逆サイドのビーチチェアに座った。

「でも、冨士夫たちはバビロンがどうしたとか、
わけのわかんないこと言っちゃって、
飛び出して行きました」

と、生フルーツを美味しそうにほおばる
麻琴さんの横顔に、
さりげなく爆弾告知をしたのだ。
すると、麻琴さんは澄まし顔で
口の周りについた果実の汁をナプキンで拭くと、

「そっか〜、冨士夫たちは気に入らなかったかぁ〜」

と語尾を伸ばした。
そして、こちらに向き直り、

「新しいホテルに移るようなら教えてよ」

と微笑むわけだ。
決して、動じたり、あわてたりすることはない。
だけど、薄いサングラスの奥の目は
決して笑っちゃいない…。

…気をつけて動くとしよう。

「じゃ、あとでわかったことを連絡します」

そう言い残し席を立つ。
そして、歩き出すと、
“ズズ〜ッ! ”っと、背中から音がした。

“ 大事に少しづつ飲んで楽しんでいたフレッシュジュースを
イッキに飲み干すサウンドだ !  ?  ”

そう想ったとき、
何故か“ ブルブル ”っと、
背筋に悪寒が走ったものである。

…………………………………………

「トシ、バビロンじゃないホテルを見つけたから来いよ」

冨士夫からの連絡だ。
ここから公園を抜けたOverThereにあると言う。
わりと近いらしいので
ホイホイと出かけることにした。

ホテルの外に出てみたら、
まだ夜の8時過ぎだというのに
やたらと暗かった。
人通りも少ない、
ってゆーか、誰も歩いていない感じ。

つまり、キングストン郊外の
街灯が心細い暗がりの公園のわき道を、
調子にのったジャパニーズが
たった一人で歩いてる構図ってわけだ。

案の定、100メートルも歩かないうちに、
赤いランプがクルクル廻る
パトカーが幅寄せして来た。
運転席のサイドミラーが開き、

「ドコ、イキマスカ? アンタ」

なんて感じで聞いてくる。

僕はキングストンのポリスが
良い奴なのかどうか疑いながらも、
たった今しがた冨士夫から
聞いたホテル名をポリスに告げた。
すると、ご親切なことに
送って行ってやると言う。

どうやらココは極端に危険なエリアらしい。
バビロンホテルから出て来た観光客が
隣接する公園に連れ込まれ、
身ぐるみ剥がされる事件が
続発していると言うのだ。
それも、ジャマイカ風美人局が基本らしい。
オネエちゃんに釣られてホイホイついて行くと、
ハニー・トラップに引っ掛かるというわけだ。

“あぶない、あぶない”
そんなワナ、100%引っ掛かる自信がある。
寸前のところで助かった。
やっぱり自分はウンが良い人間なんだ。
って、間違ったプラス思考を想い描いたりしていたら、
ほどなくしてバビロンじゃないホテルに着いた。

そこは、高い塀で仕切られた特定のエリアだった。
入り口には頑強そうなガードマンが構えていて、
外部の人間をシャットアウトしている。

ポリスは、そのガードマンに確認をしに行った。
きっと、Yamaguchi の宿泊リストを
確かめにいってるのだろう。

そのころには、
僕の人並みはずれた軽薄な感性は、
このポリスたちに対して、
すっかりタクシー気分なのであった。

「オーケー、オーケー」

なんて言いながらポリスが戻って来て、
ゲートが開き、
パトカーごとエントランスから
ホテルの敷地に入ったところで、

「セーンキュー、ヤーマーン」

とか軽く言っちゃって
20ドルをヒラヒラ渡していたのだ。

“こんなもんだろう、
ちょっと高いが助かったのだ”

というお礼なのである。
ポリスは笑顔で何のためらいもなく
それを受け取ると、
ペンとノートはあるか?と聞いてくる。
手帳とボールペンを渡すと、
そこに自分の名前と連絡先を書いた。
そして、二カッと笑うと

「イツデモ、ヨンデクレ、アンタ」

みたいなことを言ったのである。

…………………………………………

僕はこの高い塀で囲まれた
リゾートホテル風の敷地を歩き進んだ。
冨士夫とエミリは、
敷地内の中程にある大きなヤシの木と
芝の庭が美しい一戸建てに居た。

「パトカーで来たんだって?!」

エミリーがいぶかしい者を
見るような目つきでコチラを見る。

「別に頼んだわけじゃないよ」
そう言うと、

「当たり前じやない!
誰がジャマイカに来て
早々にパトカーを頼むのよ」

と、小鼻を広げる。

その後ろで、
ベランダから吹き込む風に涼みながら
冷えてないビールを飲んでいた冨士夫が、
必要以上に穏やかな表情を作って言った。

「トシ、わるいけど、
パトカーだけは勘弁してくれ」
って。

それにしても、ここも悪くない。
ってゆーか、
ここのほうがバビロンなんじゃねぇの?
と思いフロントに行ってみることにした。

どうせ、コチラもここに引っ越すのだ。
彼ら二人を野放しにすることはできない。
フロントで料金を聞いてみると、
ペガサスホテルよりもexpensive(高っけぇ!)だ。

“やっぱりな、もっと、バビロンじゃね〜か”

まいったなぁ〜っと、
EMIに対する経費の誤魔化しを考えながら、
もとのバビロンホテルに戻り、
麻琴さんにホテルをチェンジする報告をした。

「リーズナブルなトコ、見っかった?」

「良いトコ、ありました」

「で? どんなトコ?」

「リラックスできます」

「そう。 で、どのくらいリーズナブル?」

「あ、それは、ココより、ちょいexpensiveってゆーか…」

「………………………………」

多少の沈黙のあと、
決して動じたりすることのない
麻琴さんの咳払いが受話器の向こうからした。

「じゃあ、おやすみ」

そう言って、部屋の電話は無情に切られた。

まいったなぁ〜って、
今日だけで何回言ったっぺ?

ブツブツ言いながら荷物を持って、
結局はもっとバビロンじゃねぇかぃ
という新たなるホテルに移った。

「よう、来はりましたなぁ」
冨士夫が妙な京都弁で迎えてくれる。

「大好きなパトカーじゃないよねぇ」
エミリが魔法使いのように微笑む。

さて、とにもかくにも明日から、
ここ、ジャマイカでの
ダビング録音が始まるのだ。

サンフランシスコから
マイアミ経由でジャマイカへ。

そして、バビロンホテルから
もっとバビロンホテルへと、
せわしない一日であった。

“ああ、つかれたっぺ”

ゆったりとした“グッ・モーニン”
でも聴きながら、

静かに目を閉じることにした…のだ。

(1990年2月4日)

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