008『村八分〜1』 水たまり

008 『村八分〜1』 水たまり

「チャー坊はステージ前になると必ず「できひん!」って言うんだ。びくびくしちゃってさ、見てらんない。すると、冨士夫もそわそわしちゃって、それがみんなに伝染して行くんだよ」
そう言うと、青ちゃんは奥の部屋からギターを持って来た。
「いま、何がしたい?」
って聞いたら、
「バンドがやりたい」って言う。
「もう一度、冨士夫とやるか!」
って言うと、
「おぉ、奴は何してるんだよ!」
って、偉そうだ。
音楽の話をすると、青ちゃんの顔が昔に戻る。
まるで、脳のいちばん奥深いところに隠した宝物みたいに『村八分』を語ったりする。
「もう一度『村八分』をやってみたいと思う?」
って聞いてみた。
「思わないね。やだよ!誰も何も話さないでずっと一緒に居るなんてさ」
なんて答えると、
「おかしいな!壊れてるぜ、このギター!」
チューニングがきまらないので、
冨士夫がくれたギターを放り出した。

青ちゃんが『村八分』の話をするのは珍しかった…。
きっと突然に思い起こしたんだろう。
5〜6年前のちょうど梅雨時のころだった。

冨士夫も同じような話をしていた。
「余計なものをそぎ落として、
骨と皮すれすれのところまで
神経を研ぎすますんだよ。」
と言う。
何の話かと思ったら、
『村八分』のことだった。
音を創るために、究極の状態にまで
精神を持って行ったらしい。

何故、そこまでする必要があったのだろうか?
自分を追いつめて、緊張する空気の中で、
一言も発せずに仲間と部屋に居る…なんて。

クロコダイルのNさんが
冨士夫とチャー坊の話をしてくれたことがあった。
いつ頃の話って言ってたかは憶えてないけど、
話の流れからして70年代の初期だと思う。
西さんたちが京都の『拾得』で飲んでいると
二人の男が入って来たそうな。
その瞬間、店の空気が変わり、
そこに居た全員が二人の男に釘付けになる。
二人は店のいちばん奥の
テーブルまで行き、腰掛けると、
テーブルの上に足を投げ出した。
「村八分の冨士夫とチャー坊だよ」
その場にいた誰かが言ったらしい。
「圧倒的な存在感があった」
と、Nさんは言っていた。

この、まるで西部劇のワンシーンみたいな
エピソードを冨士夫に聞いてみた。
「覚えてる?」って。
冨士夫は、それは覚えてないけど
存在感を出すために、
絶えず『村八分』であることを
意識していたと言っていた。
音を出してないときも、
俺たちは『村八分』だって意識があったって。

そういえば、『SO WHAT』(※1)のインタビューのときに、
テッちゃん(※2)が言っていた。
「『村八分』はバンドのことだけじゃない」って。
それを受けて『SO WHAT』では
チャー坊が口をはさんでいるけれど、
「『村八分』は生きる姿勢みたいなもんだ」
って言ってたのはテッちゃんの方だった。

そんなテッちゃんが、
「『TEARDROPS』のライヴにチャー坊を寄せてやって」
って言いに来たことがあった。

冨士夫は即座に断ってたけど、
それでも、翌日の京都ミューズホールのリハーサル後に
チャー坊がひょっこりと現れた。
実は、このパターンを予測していた冨士夫に
「もし、チャー坊が来ても楽屋には通さないでくれ」
と言われていたのだが、
いざ、それが現実になると
そんな切ないことは誰にもできない。
「チャー坊が来たよ」って楽屋に言いに行くと、
「なんだよ!役立たずだな、トシ!」
とか言って、怒った冨士夫が楽屋を出て行った。
と、思ったら少しして
「みんな、紹介します、チャー坊!」
と、にこやかに楽屋に招き入れている。

とにかく、顔を合わせばいいのだ。

楽屋に入って来たチャー坊を見て、
テッちゃんが「ホッと」したように笑っている。
青ちゃんとチャー坊が
「久し振り!」って笑顔で挨拶するのを見て、
冨士夫が胸を撫で下ろしている。
そう、冨士夫は青ちゃんの
『村八分』に対する想いを
気にしていたのだ。

その日、ミューズホールのアンコールで
チャー坊がステージを舞った。(※3)
青ちゃんの言うような緊張感や、
かつての『村八分』のイメージではなかったが、
その日の客席には、
十分に妖艶なヴォーカリストに映っただろう。

ただ、運命とは不思議なものだ。
結果的には、
この日、この場が、
『村八分』を作った4人が
顔を揃えた最後になったのだから…。

(1990・TEARDROPS〜2009・青ちゃん)

※1『SO WHAT』/山口冨士夫の半生を語った自伝本(K&Bパブリッシャーズ)。
※2 テッちゃん/浅田哲夫、村八分のギタリスト。バンドの調整役で、村八分の要だった。晩年は古い絵画などを研究していた。
※3  TEARDROPS Special Edition DVD で確認できる。
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