012『チョコ』 イカれてブルー

012 『チョコ』 イカれてブルー

「トシ、チョコやるよ」

新宿の御苑スタジオで
ツインリバーブを積み込んでたら、
冨士夫がチョコのかけらをくれた。
「あんがと」
なんでこんなゴミみたいなチョコをくれるんだろ?
って思いながら口に入れた。
“うわっ!苦い”っていうか“まずい!”
あわてて“ゴクン”っと飲み込んだ。
ほんとは吐き出したかったけど、
冨士夫に悪いと思ったのだ。
「あれっ!? トシ、飲んだんや」
それを見ていたヒデがビックリしている。
「エッ!」
冨士夫も目をまんまるにした。

クロコダイルのライヴでは
御苑スタジオから
ツインリバーブを2台借りていた。
ライヴも、もう5回目くらい経験して、
段取りもわかってきた。
ベースアンプは外道時代から使っている
マサのでかいアンペックがあるし、
ヒデも自分のドラムセットを持っていた。
御苑スタジオは冨士夫も顔見知りらしい。
エレックのときからみたいだった。

新宿から原宿のクロコダイルに向かってると
なんだか調子がおかしくなってきた。
「大丈夫か?トシ」
ヒデが声をかけてきたので、
「運転代わってくれる?」
って、そんな気分。
「ハイハイ、代わろう、代わりますわ」
いつになくひょうきんなヒデが
なんか今日は特に明るく見える。
後ろのシートを見ると冨士夫も笑っている。
なんだかへんな気分だ。

クロコに着き、
リハーサルをやるころには
どうやら自分が風邪を
ひいていることに気がついた。
“そうにちがいない”
…と思った。
間違いない、と。
急激に熱が上がっているのだろうと。
頭が“ぐらんぐらん”する。

「お客さんが来てるよ」

クロコの店長、Nさんが呼びに来た。

「あっ!すいません〜ぅ」

うん?なんだか、自分の声がへんだ。
みんなの顔もへん。
ちびまるこちゃんに出てくる
藤木くんみたいに唇が青くて
顔面に縦線が入っている感じ。
椅子から立つのがやっとだった。
景色がメリーゴーランドのように回る。
“しっかりしなくてワ!”
たった数メートルが
途方もなく長い道のりに感じながら
お客様のテーブルまで歩いた。

「VIVID SoundのHです」

対面する相手が名刺を差し出す。
顔を把握する集中力はもはやなく、
表情も読み取れない。

「はじめまして、マネージャーのカ●ヤです。」

と言いながら財布から名刺を出そう、
……っと思ったのだが、
とっちらかって、
え〜と、なかなか、
それができない。
あれ?オレ、何してるんだっけ?
あっ!名刺だ。
財布はどこだっけか……。

「冨士夫さんのレコードを出させていただきたいと思いまして」

相手が続きを話し出した。

「あ〜っ、そう。出したばかりなんですよぉ」

なに言ってるんだ、オレ。

「それはわかってます(笑)今日もレコ発ですもんね」

さすがに“まずい”と思った。
オレはおかしい。
こうしてる間にも、目の前の景色は右から左へと流れている。
ここは聞くだけ聞いてふけよう。

「お話を、ど〜ぞ」

それがやっとだった。
相手は『村八分』だの『ひまつぶし』だの言っていた。
それを出したいって言うんだな。
ってことぐらいは、わあった〜。
真剣な顔をして聞いてるつもりなのだが、
こいつの顔も、また、
鼻でか〜い!って思ったら、
笑いがこみ上げてきて、もうだめ、

「ひるれいします!ステ〜ジなんで、また」
「アッ!本番前にすみません!後ほど」

っと言う声を背中に受けながら、
楽屋へと向かった。
可笑しくってたまらなかった。

みんながぼくをみているようなきがした。
オレはいったいどうしちまったんだ?
がくやにいこうとおもったが、
こっちでいいのかわからない……。

「トシ、顔色が青いよ」
誰かが声を掛けてきた。
もう、時間の観念がなかった。
楽屋横にあるソファに
なんとかたどり着き、
ドッ!と、沈んだ。

実は、残念なことに
記憶がここで途絶えている。
ところどころ画像のように
残っているのだが、定かではない。
でも、大丈夫だったのだろう。
あとで、この日のことを
誰かに言われたこともないから。
それとも、みんな同じで
わかんなかったのかしら?

『チョコ』とは『ハッシッシ』の
ことだった !?
後で知って愕然とした。
初期のピンクフロイドを
ちゃんと聴いておけばよかった!?
(関係ないか!?)

当然、『チョコ』は、
僕のトラウマになった。

広告コンペのプレゼンテーションの日に
友達の家に寄ったら、
「景気づけに吸っていけば?」
って言うので、ほんのひと吸い……
今だったら、大丈夫じゃないかって気がして!?
ほ〜んのひと吸い、たしなんだ。
行きの有楽町線でとっちらかった。
みんなが僕を見ている。
被害妄想だ、わかっている。
冷や汗が出た。
貧血を起こしたように立っていられなくなる。
たまらなく、永田町で降りてベンチに腰掛けた。
プレゼンの時間が迫っている。
今のように携帯がある時代ではない。
少し休んで再び電車に乗った。
会社に着いたら、
上司のコピーライターの女性に
「顔色が青いぞ!」って、
ポンッて背中を叩かれた。
そこから、チームのみんなと
クライアントのオフィスまで行って
プレゼンしたのだが、
クライアントのお偉いさんたちが、
ひたいに縦線の藤木くんよろしく見えて、散々だった。

だから、僕には必要のないものだ。
あれ以来、悲惨な目にあわぬよう
注意して暮らしてきたのだ。
最近では、
煙草までやめちまった。

だけど…、
いつも思うんだ。
今だったら、大丈夫じゃないかって。

(1983年の春)

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