028 『シーナ&ロケッツ最終章/ライヴ録音』

028 『シーナ&ロケッツ最終章/ライヴ録音』CAPTAIN GUITAR AND BABY ROCK(1986)

冨士夫の部屋に入ると、
バッグの中身が散乱していた。
ベッドの上から床まで、
まるで嵐のあとのようだ。
「いったい何があったのだろう?」
と思いながら部屋の奥に進むと、
ベッドの向こう側に人影を発見する。
それは、うつ伏せに倒れている冨士夫だった。
「死んでいるのか?」
と、普通に思う状況である。
いかに呑気な僕でも、さすがにざわめいた。
「冨士夫、どうした?」
と、呼んでみたが返事がない。
うつ伏せになっている後頭部から顔を覗き込むと、
顔面が蒼白である!、っていうより真っ青!、
っていうか土気色で、生気がまるでない。
いいかげん「ヤバいっ!」っと思って、
うつ伏せの両肩を持って、
魚をひっくり返すように持ち上げた!
とたんに、

「いてぇなっ!」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

あぁっ!………心臓が止まるかと思った。
こっちが死んじまうところだ。

「……トシ、ワルいけど……きょうは……むりだわ」
切れ切れのしゃがれ声で魚がしゃべる。
いや、これは冨士夫だ。
しかも、シック……、
なんか相当、重そうな感じ。
東京を出るとき、
「寄って行きたいところがある」
と言うのを、
「時間がないから」
って拒否った罰なのだ。
あぁ、神様、何でこんな時に……、
って、普段はいない神様を恨む。

しかし、そんなことを言ってらんない。
ここは、ひとつ、思いっきり居直って、
“な〜に、言ってんだか”って、
身体を起こそうとした。
そしたら、全身が固まっている感じ。
少しでも無理に動かそうもんなら、
ポキッ!て折れてしまいそうなのだ。
とたんに、頭の中に、ジョン・レノンの
“コールドターキー”が流れた…が、
それどころじゃない。

「ハイ!なんとか起きるよ、冨士夫!」
結論としては、この場の超シリアスな
場面を無視することにした。
シックでステージをキャンセルするなんて
許されない状況だったのだ。
ロケッツはもう会場でスタンバっている。
しかも、あろうことか、これから
『CAPTAIN GUITAR AND BABY ROCK』
のライヴ・レコーディングなのである。

「ムリだって…ことわってくれ……よ」

そう呻きなから、あいかわらず、
うつ伏せの冨士夫はピクリともしない。
何かで釣ろうと思った。
冷蔵庫からビールを取り出し、
冨士夫の口先に持っていった。
「冷えてて、おいちいよ」
…………効果ナシ。
何かないだろうか?
散乱している荷物を点検した。
おっ!化粧ポーチの中から、
ガンジャとペーパーを発見!
“これでごまかしちゃえ”って思った。
「冨士夫、ガンジャ吸うかぃ?」
と言いながら顔を覗き込む。
「ガンジャ吸って、元気になろう!」
と励ましてみた。
「いらねぇよ……そんなモン…」
と言ってるのだが、言葉とはうらはらに、
身体がひくひくと動き始めている。
それみたことか、それならピンポイント爆弾だ、
っと、ばかりに鼻先にガンジャを持っていった。

「吸うかぃ?」

冨士夫の目が開く。

「吸うなら巻くよ」

苦しげではあるが、小さくうなづくのを確認。
「がってんしょうちのすけだぃ!」
とばかりに嬉々として、
テーブルに化粧ポーチを持って行って気がついた。
僕は、ガンジャを巻いたことがないのだ。
人が巻いているのを見るのは、
猫に餌をあげるくらい日常的なのだが、
自分で巻いたことがない。
何度も好きになろうとして頑張ってみたのだが、
僕はガンジャ下戸だったのである。

だから、見るとやるとでは大違い、
巻くって、なかなかに難しいものなのだ。
経験者の皆様ならご存知だろう。
スッと、一本のスマートな円柱を目指すのだが、
なんだか、ぶよぶよした
ツチノコみたいになっちまう。
それでも、ガンジャはガンジャだってんで、
「ほい!お待たせ、吸ってみそ!」
って振り返ったら、
冨士夫は起き上がって、ベッドのフチに腰掛け、
ついさっき拒否ったビールを飲んでいた。

“やったじゃん!”
こうなったらガンジャは復活のノロシである。
ネイティブアメリカンが踊るように、
僕の胸の中で戦いの太鼓が鳴った。

「身体が動かねぇんだ。
どうなっても知らねえぞ……」

まだまだ青い顔をして
まるで人ごとのように言う口に、
ガンジャをくわえさせ火をつける。

「わかったよ、それじゃあ、
トシ、もう一本巻いといてくれ」

そう言って、大きく煙を吸って息を止める。
「人生は、息を吸って始まり、
息をはいて終わる、ってか」
なんて、煙を吐きながらのたまっている。
そんな言葉が出てくりゃ、こっちのもんだ。
その間にもう一本巻いて冨士夫に渡した。
顔の血の気も戻ってきたようだ。
ちょうどそのとき、部屋の電話が鳴った。
ロケッツのスタッフが迎えに来たのである。

ホテルの下に待機していたクルマに乗ったら、
助手席に乗っていた西山さん
(ロケッツのマネージャー)が、
「冨士夫さん、大丈夫ですか?」
と、振り向いて聞いてきた。
こういうことに関して、音楽関係者は勘がいい。
“なんかおかしいな?”
って思っているのかも知れない。
「大丈夫だよ!」
と言う冨士夫の返事を聞いて、
妙に安堵するのが解る。
“こやつら、やはり気づいておるな?”
警戒レベルを3に引き上げよう…。

会場入りし、楽屋に入ったところで、
待ち構えていた鮎川さんが冨士夫に寄って来た。
ステージングの最終調整を伝えているのだ。
見た目はもう大丈夫だが、
いつ、ストンっと、電源が落ちるかわからない。
そのときにローディだった安井
(現【藻の月】ベーシスト)に、
冨士夫の体調を伝えて、
注意して見守ってもらうことにした。

さて、ステージが始まる。
しかもライヴ録音なのだ。
『ルート66』で幕を開け、
鮎川さんの歌うナンバーが数曲続き、
冨士夫が歌うコーナーへと流れるプログラム。
さっきまでの悪夢が嘘のように
快活になった冨士夫が、そこにいる。
ステージングにおける
鮎川さんとの駆け引きにもなれたものだ。
鮎川さんがヴォーカルをとるタイミングで
冨士夫が“スッと”ステージ奥に引いて来た。
そこで、胸ポケットから煙草を出して
口にくわえた、…っと、思った…。
「キースの真似か !? フフッ…」
なんて、笑っちゃった自分の顔が
ひきつっていくのがわかる。

「あれは煙草じゃない、さっき巻いたツチノコだ!?」

ホテルの部屋から出て迎えの車に向か時、
「ステージでダメになったら吸うからな」
と、もう一本のガンジャの役目を
示唆していたことを思い出した。
拒否できる状況ではないだろう。
「そのときは、火をよろしく!」
とも言っていた。
そのとき、絶体絶命の状態を脱した安堵感から、
いいかげんな了解を返していたのだ。

ぶよぶよのツチノコをくわえ、
魔王のように冨士夫が迫って来る。
目が嬉しそうに笑っているではないか。
ここで、火をつけるのを拒否ると、
ステージを降りてしまいかねない。
だが、もっとも困ったことは
僕の心のどこかで
「やっっちゃえ!冨士夫!」
と、思っていることだった。
くだらないとは判っていても、
幼稚な振る舞いとは承知のうえで、
ズボッ!って、ツチノコに火をつけた。

次の瞬間、冨士夫は、
フーッ と、半円を描くように回転すると、
煙と共にステージのトップに向かって跳んだ。
その向こうで、ドッと沸く客席が目に映る。
“まるで、映画を観ているようだな”と思った…。

視線を移し、対面のバックステージを見た。
西山さんが、何やらこちらに向かって叫んでいる。
両腕で大きな『×』を作っているみたいだ。
きっと、ツチノコを怒っているのだ。
わかっている、即行、なんとかしよう。
ああ、忙しい。
隣りにいるローディの安井に言った。
『あれ、ヤバいから冨士夫から取って来て!』って。
「エッ!どうやって?」
みたいな顔を安井がしたときだった。
偶然にも冨士夫が、ツチノコを
ドラムの横に投げ捨てたのである。
気が済んだのだ。
パブロスの法則に従って、安井がそれを拾いに行く。
「行け、安井、証拠隠滅だぁ!」

その時だった、
「火はダメです!消防法違反で
コンサートが中止になりますから!」
振り向くと、西山さんが居た。
対面のバックステージから
我慢出来ずに、こっちまで来たのだ。
「すみません!」
そう、それしか言えない。
西山さんは、「お願いしますね!」
と言って、戻りかけ、もう一度振り返り、
今度は耳元で聞いてきた。

「さっきの、アレ、煙草ですか?」

まだ、ほのかに残る
ガンジャの香りの中で僕は言った。

「ハイ、……ライト…です」って。

シックの(まるで)仮死状態から3時間余り。
奇跡の復活でライヴ録音を終えた冨士夫。
打ち上げはさすがに途中退場させていただいた。
ホテルに戻り、体調を聞いたら、
「最悪だから休みたい」と言う。
そんな状態でよく演奏できたと思う。
「山口ふじみ(不死身)に改名するか !?」
と言うと、ドアを閉められた。

翌朝、チェックアウトするため
ロビーに降りたら、
もう、ロケッツ御一行でにぎわっていた。
その中に元気そうな冨士夫が見える。
その隣りに友達Sも笑顔でいる。
朝一の新幹線で治療に来てくれたのだろう。
冨士夫のシックは治っていた。

そのSに、「お疲れさま、朝早くから御免ね」

なんて、挨拶をしていたら、
背中からシーナ姉さんの声がした。
「カ●ヤくん、これ好き?」
見ると、名古屋名物、『てんむす』を持っている。
「あ、いや、はい……」
実は、僕はエビがだめだった。
子供の頃、はらが減って、
公園で釣ったアメリカザリガニを
生で喰って以来、エビが喰えないのだ。
しかし、シーナ姉さんは優しく微笑む。
「美味しいから食べなさい」って。
ここで断るわけにはいかない、
せっかくのオススメなのだ。
「ありがとう……」
僕は、思い切って『てんむす』を口に入れた。
それを見ていた冨士夫が、
目の前で笑っているのが映る。

とたんに、昨日のうつぶせになって
蒼白だった冨士夫の顔がオーバーラップする。
“生きてて良かった”という安堵感と、
口の中でエビが“プニュ”ってつぶれる切なさで、
なんだか涙がでそうになった……。

(1986年)

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