081『ミューズホールのチャー坊』/ 水たまり

「チャー坊を寄せてやって」

珍しくテッちゃんが頼み込んできた。
1990年の5月のことである。

僕らはTEARDROPSの『Mixing Love Tour』
のために京都に来ていた。
ゴールデンウィーク明けの、
ミューズホールでの2Daysだったのだ。

その後には1日空けて、
神戸のチキンジョージでの2Daysが入っている。

2Days×2Days= 4Days
苦肉の策だった。
続けて同じスペースでやって経費を浮かせ、
なるべくチャージバックをまとめたい。

「親分、今は金が必要なんです」

疲れている冨士夫を前にして、
そう説明するしかなかったのである。

そのツアーで僕らは
京都のサンホテルに宿泊していた。
1〜2年前までは、
格安バックパッカースタイルの安宿で
雑魚寝を決めていたこともあったが、
それはすぐにやめる事にした。
疲れて身がもたないのだ。

「ツアーでいちばん大事なのは食事と宿泊なのだよ」

RCサクセションの打ち上げにくっついて行って、
マネージャーの坂田先輩に教えをこうたら、
ビールをカポカポとつぎながら、そう言っていた。

「ギャラは待っても、弁当は待ってくれない」

そうもおっしゃるので、
それはいかなることなのかとお聞きしたら、
ライヴ当日にギャラが払えなくても、
それは仕方がない。
イベントなるものは所詮水ものなのだ。
あとからでも支払うことができる。
しかし、弁当はそうはいかない。
ハラがへったスタッフがふてくされては
元も子もないのだと。

「どんなに厳しくても、ソコをハシオッちゃいけないよ」

そう言いながら、
またもや、カポカポとビールを
ついでくれはる坂田先輩を、
僕はえらくリスペクトするのであった。

話を最初に戻そう。
そのサンホテルにテッちゃんが来ている。
ゆったりと世間を眺めるように話をするのだ。
このころのテッちゃんは、
京都の龍谷大学出身らしいたたずまいで、
古美術などに精通していた。
カタログなども持っていて、
いろいろと見せてくれはるのだが、
当然、コチラはチンプンカンプンである。

その話の中にチャー坊が出てくる。

「一度でエーから、ステージに寄せてやって」

コチラのアタマは、古美術なのか村八分なのか、
チャー坊なのかわからないままにこんがらがってくる。

「俺たちさぁ、今が大事なときなんだ」

そう言って、その頼み事に
深く煙を吸い込む冨士夫。
断りたかったのだ。
今さらチャー坊でもないだろう。
せっかく村八分の幻影を取り払いつつあった。
TEARDROPSになって、
随分とイメージを軽くしたのだ。
テッちゃんやチャー坊が何と言おうと、
今さら、またあのヘヴィーな世界には戻れない。

「とにかく、明日、チャー坊が訪ねて来たら、よろしく頼むワ」

それでも、そう僕に言い残して
ホテルから去って行くテッちゃん。
まだ30代後半だというのに、
妙に落ち着いたたたずまいに、
もと村八分の哀愁が漂っていた。

翌日、妙にソワソワしたまま、
ミューズホール入りをした。
本当にチャー坊は来るのだろうか?

「来たら、絶対に断ってくれ」

冨士夫からは、そうキツく言われている。
会場内のホールと外を
何度も行ったり来たりした。
来たらどうやって断ろう?
何て言ったらいいんだ?
ステージはダメだけど
観て帰るのは自由なはずだ。
そんなこともダメなんて、
言えるはずがない。

だが、リハ終わりにもチャー坊は現れない。
これは、今夜は来ないかも?

…………はぁ、

なんだかホッと一息ついたときだ。

「元気?」

振り向くと、チャー坊が
女のコみたいに立っている。
モジモジして心細そうだ。

「テツから聞いとるけ?」

「あっ、聞いてます」

“ちょっと、ここで待ってて”と合図すると、
チャー坊はニコリと笑って、手を挙げた。

断るなんて無理だよね〜。
せめて威圧的にドカドカ来てくれれば、
コッチも何か言いようがあるんだけど。
なんて想いながら、楽屋に入った。

とたんに、みんなの和やかな笑い声が渦巻く。
京都の仲間たちが寄っているのだ。
その中にテッちゃんもいた。
奥のほうでチューニングをしている
冨士夫を見つけて駆け寄った。

そして、小声でボソボソ告げるのだった。

「チャー坊、来たよ」って。

冨士夫はギターに目を落としたまま、

「ンだよ、断れって言っただろーが……」

唸るように声を絞り出すと、
ガタンっとギターを置き、

「わかったよ!俺が帰してくるよ!」

跳ねるように楽屋を飛び出して行った。

バシャッ! っと、
水をかけられたよーに、
静まりかえる楽屋。

こんなことは、よくあった。
ロックバンドにつきものなのである。
(ウチのようなバンドに限るのかも知れないが)
誰も何がどーしたとか聞かない。
次第にまたザワつきだして、
元の和やかな雰囲気に返っていった。

ただ、テッちゃんだけは
事の次第を察してコチラを伺っている。
心配そうに目配せをするのだ。
今はただ、肩をつぼめるしかない。
アイドンノー なのである。

どのくらいの時間がたったのであろうか?
きっと5分やそこらなのだろーが、
途方もないほど、長く感じられる間(ま)だった。
その間に不吉な妄想をする。
無理矢理に帰そうとして喧嘩になってやしないか?
傷ついたチャー坊と、傷つけた冨士夫が、
2人共に痛々しいナルシストと化して、
とんでもなく傷つけ合っているのではないか?

ふと見ると、楽屋の中で
愉しげに振る舞っている青ちゃんが映る。
だいたい青ちゃんが、
いつまでもチャー坊を
嫌っているのが解せない。
江戸っ子だったら、
とっとと嫌な事は水に流して
笑っちまえばいーのに。
そうすりゃ、冨士夫も、
こんな風に妙な気の使い方も
しないですむってもんだ。
そんなことを想い、
心の中がクシャクシャになったときだった。

“ ガタン!“

楽屋のドアが大きな音と共に開いた。
見ると、冨士夫が立っている。

「みなさん、しょーかいしまーす!」

楽屋のみんなが注目したその瞬間、

「ミスター ちゃーぼぉー!」

まるでファンファーレでも鳴っているかのごとく、
照れて腰を低くしたチャー坊が現れた。

“ おおっ!”
楽屋中が歓喜でざわめいている。

「1曲、ステージで演ってくれよな」
チャー坊を見て、
チャー坊の肩を抱きながら、
調子良く振る舞う冨士夫。

こーゆーことはよくある。
とんでもないハナシである。
自分でも自分が解せないであろう。
冨士夫は演奏だけでなく、
プライベートでも先が読めない王様なのだった。

〜察するに、きっと、こうだ。

“とっとと追い返してやる”
そう勇んでチャー坊のところまで行く。
なのに、ホールの端っこでモジモジして、
心細げなチャー坊を意識したとたんに
冨士夫の中で全てが逆転したのだ。

“バンドをかき回されるかも”
そんな先入観をポイ捨てして、
満面の笑顔でチャー坊を迎え入れて
ハグまでする冨士夫の姿が想い浮かぶ。

つくづく追い帰さないで良かったと思った。
ぜ〜んぶ、コッチのせいにされちまう。
アブナイあぶない、クワバラくわばら。

さて、いよいよTEARDROPSのステージに
念願のチャー坊が寄るハナシになる。
口じゃなんとか言っても、
そりゃあ、チャー坊も寄ってみたくなったんだろう。

そう冗談めかしくいうほどに、
このころのTEARDROPSは絶好調であった。

海外録音のアルバムを引っさげて、
先月は新宿パワーステーション、
大阪アムホール共に満杯で終了し、
今月は京都・神戸の4days。
来月は吉祥寺バウスシアター2daysに、
そのすぐ後は後楽園ホールへと続く
無謀なブッキングの数々。

結果的に総てが満杯で終えたのだが、
その動員を支えてくれたのは、
シナロケやガンボスやRCとも共有する、
若い新たなファン層だった。

あの、コワモテの山口冨士夫や、
とっぽいギタリスト代表の青ちゃんを見て、
“キャ〜!”なんて叫ぶシーンが起こるなんて、
だぁれも想像しなかったのである。

だから、この日のアンコールで
チャー坊が現れたとき、
確かに盛り上がったのだが、
客席のリアクションに「?」が
付いていたような気がする。

村八分を知らない世代なのだ。
どんだけの貴重なるシーンに遭遇したかは、
後になって認識したのだと想像する。

『水たまり』の曲始まりに、
ステージで仰向けに寝そべるチャー坊を見て、

「この人はこういうアプローチをする人なんだ」

と、カズが言っていたのを思い出す。

パフォーマーなのである。
人が押してくれば引いて、
盛り上がれば天の邪鬼になる。

寝転んだ後には、
軽くスキップしてステージを廻るチャー坊。
ギターを弾く冨士夫の後ろから顔を出し、
伝え聞く村八分の姿で目くらます。

結局、『水たまり』『夢うつつ』と2曲を演り、
この日のステージを終えたのだが、
過ぎてみればいつもそう想う。

これが、冨士夫とチャー坊との
見納めになるとは誰も想わなかったのだった。

この年の秋も深まる頃、
チャー坊が音楽活動を再開する。

チャー坊1人で『村八分』の活動を始めたのだ。

誘い水を飲まなかった冨士夫は、
遠くからその風景を眺めていた。

その後も断続的にチャー坊だけの
『村八分』ライヴが続いていくのだが、
4年後に仲間の誰よりも早く旅に出た。

それは、
´69年に渡ったシスコへの旅のように、
誰よりも若く、誰よりも早く、
そして、誰にも告げずに、
いきなりのことだったのかも知れない。

(1990年5月)

PS,/
『村八分 ライブ』が当時のレコード盤のまま復刻するという。ジャケットも何もかもオリジナルを再現するというのだ。特にジャケットは見開き使用であることから、作りとコストに苦慮したらしい。

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