088『冨士夫の誕生日』リゾート(山口冨士夫+加部正義)

夏になると思い出すことがある。
冨士夫の還暦祝いの日だ。
2009年の8月10日だったから、
もう8年も前のことになるのだろうか。

羽村の冨士夫宅に親しい友人たちが集まった。
ダイナマイツ時代からの盟友、
吉田くん(吉田博)が
バカでかいケーキを作ってきて、
村八分時代からの知人、
寺田社長が旨い肉を持って来た。

夏草の茂る庭でバーベキューをしたのである。
ビール片手に肉をほおばったのを憶えている。
誰しもが笑顔になった瞬間だった。
そんな、浅い夢のような風景が、
脳裏に貼り付いているのだ。

僕にとっては、
『還暦』という言葉を意識した日だった。
冷たいビールを喉に流し込みながら、

“ こりゃあ、意外と(還暦が)すぐに来るぞ ”

なんて、順番待ちの列に
自然と並んじゃった気分であった。

むせ返るような真夏の夕暮れに、
ぼんやりとした入道雲が浮かんでいた。
その景色に心を映している時、
いきなりポケットの中の携帯が鳴ったのだ。

久保田麻琴さんからだった。

「今日は冨士夫の誕生日だよね、おめでとうって伝えといて」

とか言いながら、
10月に行われる『京浜ロック』
イベントの打診をしてきたのだ。

実は、プロデューサーである久保田麻琴さんが、
このイベントの出演に関して、
ずっと冨士夫を誘ってくれていた。

「今年は細野(細野晴臣)さんが出演するからさ、
是非とも冨士夫と演らせたいんだ」

と言ってきてくれている。
それは滅多にない話だった。
ハッピーエンド好きの冨士夫も望むところだろう。
しかし、…現実的ではなかった。

その前年(2008年)の11月に、
奇跡的にクロコのステージを演って以来、
冨士夫は再び体調を崩し、
入退院を繰り返していたからだ。
今回の還暦祝いは、
それらの快気祝いも兼ねていたのである。

だから、とてもステージに
上がれるとは想えない状態だった。
今もこうして笑いながら、
乾杯しているだけでもめっけもんに想える。
残念だが、イベント出演はお断りしたのである。

「もう駄目だっていうときこそ、音楽を演るべきなんだ」

それでも、諦めずに
麻琴さんからの誘いは続いた。

「今年は鈴木茂が出るからさ」

年が明けてもリクエストは続き、
闘病に明け暮れる冨士夫の心をくすぐる。
それでも冨士夫は首を横に振った。
いや、身体がいうことを
きいてくれなかったのだ。

すると、麻琴さんは得意の独断を決行した。

「本当に駄目だったら、ドタキャンしてくれてもいいから」

そう言って、出演者リストに
冨士夫の名前を加えたのだ。
実は僕もその背中を押した。
このままじゃ、何の意味も持たない日々が続いていく。
身体を悪くしてからの冨士夫は、
沈んだ心身にからまって、
がんじがらめだったのである。

2010年10月10日、
この10ずくしの夕暮れに冨士夫は登場した。
会場の対岸に京浜工業地帯の夜景が、
浮かび上がった瞬間だったのを憶えている。

イベント終了を告げるMCを
久保田麻琴が告げる、
と思ったその時だった。

ゾロゾロと帰って行く人波を、
まさに振り返らせる、
そのタイミングで
冨士夫が登壇したのであった。

「冨士夫、ホントに出たぜ!」

とたんに、たまたま横にいた男が興奮して、
大声で誰かに電話をしている。

「ばっかだなぁ、お前、もう駅かよ!」

たぶん、仲間は先に帰っちまったんだろう。
これ見よがしに実況中継を始めているのだ。

「俺ぁ、死にかけたぜ〜!」

日が暮れてすっかり暗くなったステージで、
冨士夫が雄叫びをあげている。

それを、“ おおーっ!”という客たちの歓喜が包む。

しかし、指の力が無くなっているので、
ギターの弦の押さえがきかないし、
集中力も切れているので、
曲というものも演奏できない。

できるとすれば、
生きている存在感を示しながら、
パフォーマンスをすることだけだった。

それを、鈴木茂さんと
久保田麻琴さんが支えてくれていた。
やっとのことで音を出し、
声を張り上げる状態の冨士夫ではあったが、
驚いた事にコレが、
どんな薬よりも本人の心身に効いたのである。

「ミュージシャンの特効薬はステージだから」

そう言う麻琴さんが正解だったのだ。
これを機に還暦超えの冨士夫が復活し、
再びライヴ活動を始めることとなる。

2009年の8月10日、
冨士夫の還暦バースディに戻ってみよう。

この日に集まってくれた、
ナオミちゃんと吉田くんを中心に、
冨士夫の生涯で最後になるバンドは組まれた。

ギターにPチャン(ブルース・ビンボーズ)、
ベースにTEARDROPSのカズを加えたバンドは、
まるでリハビリでもするかのように、
冨士夫をサポートしながらのスタートであった。

人間は年齢を重ねても、
なんだか、精神年齢はそれほど変わらないものだ。
身体はそれなりに老いていくのだが、
心は老いていきようがないのだ。

「俺は、まだまだガキみたいなもんだからな」

後年、そう言うときの冨士夫の想いが、
いったい何処を彷徨っていたのかは
当人ではないので計り知れないが、
きっと、近しい仲間たちの中で、
とても楽観的な境地に達していたのかも知れない。

それは、冨士夫が目指していた
『狭間(はざま)』でもある。

“ 熟練した職人が、体得した技を余裕の中で披露する”

そんなシーンを嫌った冨士夫は、
上手いギタリストを目指さなかった。
自身のバンドや楽曲も、
成熟していくと壊していく。
ソロでステージに立つときなんかは、
正気と狂気を天秤にかけて、
どちらに傾くかを計っていたような気がしたものだ。

だから、観ているほうはたまらない。
娯楽としての余裕が持てないのである。
気が遠のいていくほどに、
理解不能なステージもあれば、
信じがたい感覚に鳥肌が立ったりもした。

「“ カッコイイ”と“ ぶち壊し”の狭間でやっていきてぇんだ」

後年、冨士夫がたどり着いた感覚は、
究極のわがままの中にあった。
それは、これまでのようには、
指が動かなくなったからかも知れない。
集中力が続かなくなったし、
脳で描くことを
身体で表現できなくなってしまったのである。

それでも冨士夫は感覚的であろうとした。
上手い下手じゃないところで、
あるいは、倒れる寸前のところまで
自身の『狭間(はざま)』を
突き詰めていきたかったのだろうと想う。

…………………………………

さて、今年もまた8月10日がやってくる。
いわずとしれた冨士夫の68回目の誕生日だ。

今年は高円寺の『ショーボート』で、
映画『皆殺しのバラード』の上映と、
ライヴ・パフォーマンスがある。

映画『皆殺しのバラード』を制作した
川口監督の目線には、
その『狭間(はざま)』が中心に映し出されている。
壊れた身体で、老いていく感覚の中で、
カッコ良く(あるいは、カッコ悪く)、
今(現在)をぶち壊していく
後年の冨士夫が描かれているのだ。

また、ステージでは、
その冨士夫を最後に支えた
ミュージシャンたちが登場する。

『fujioトリュビュートバンド』のメンバーは、
Vo.G/延原達治(THE PRIVATES)
Vo.B/吉田博(ザ・ダイナマイツ)
G/P-Chan(ブルースビンボーズ)
Ds/ナオミ(ナオミ&チャイナタウンズ)
最後まで冨士夫と音を出していた、
究極のトリュビュートバンドなのだ。

そこに、エミリが率いる
◆DIAMONDSが色を添える。
Vo/G.エミリ
B./AMI
G./オス(The Ding-A-Lings)
G./ナガタ(The Ding-A-Lings/dip)
Ds./ナカニシ(dip)
である。

何かと10日に縁がある冨士夫は、
8月10日に生まれて、
2010年の10月10日の京浜ロックで復活した。

「ミュージシャンの特効薬はステージだから」

と言っていた久保田麻琴さんなのだが、
そういえば、冨士夫がアクシデントに
見舞われる寸前にも連絡をくれていた。

「冨士夫、どうしてる?」

と聞きながら、
さかんに冨士夫のステージを
最後まで模索していたのだった。

人間の運命なんて、
いつどうなるかも解ったもんじゃない。
だから、この夏も大切に、
毎日を愉しく暑がりながら、
想いに残るように過ごそうと想う。

そして今日は7月10日だから、
1ヵ月後の8月10日に
笑顔でみんなと会って、
乾杯でもできれば感無量なのです。

いつの間にか鳴き始めた蝉の声に乗って、
その日を楽しみに待つ事とするのです。

〜主催者に感謝を込めて〜

(2009年の8/10〜今)

PS/

山口冨士夫 生誕68年記念
映画『皆殺しのバラード』特別上映会

日時:2017年8月10日(木)
会場:高円寺ショーボート
料金:前売2000円+drink/当日2300円+drink
開場19:00/開演19:30

【出演バンド】
◆DIAMONDS
Vo.G.エミリ/B.AMI/G.オス(The Ding-A-Lings)/G.ナガタ(The Ding-A-Lings/dip)/Ds.ナカニシ(dip)
◆fujioトリビュートバンド
Vo.G.延原達治(THE PRIVATES)/Vo.B.吉田博(ザ・ダイナマイツ)/G.P-Chan(ブルースビンボーズ)/Ds.ナオミ(ナオミ&チャイナタウンズ)

【映画上映】
◆ライブドキュメンタリー映画『山口冨士夫/皆殺しのバラード』
【撮影・編集・監督】川口潤

お問い合わせ
<高円寺ShowBoat>
杉並区高円寺北3-17-2 オークヒル高円寺B1
電話:03-3337-5745
<ShowBoatホームページ>
http://www.showboat1993.com/

※リゾート(山口冨士夫+加部正義) 『live 1976 (2CD)』
(GOODLOV050)  \3500円(税別)
山口冨士夫&加部正義による幻のバンド、
リゾートの秘蔵音源が
2017年8月10日に
GoodLovin’Productionよりリリース決定!
※当日ショーボート会場内にて特別販売します!!

 

 

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