118『暑い夏』FUJIO & CHIKOHIGE LIVE 1989

あつい、とにかく暑いのだ。
暑いのが大好きで、
“生き先”は南の島になるんだよ、
と独り言を言う癖があるのだが、
コレほど暑いと、それもどうかな?
っと想ってしまう。

この暑さは、
初めて行ったマニラみたいだ。
痛いほどの日差しの中で
とても長くは歩けない。
または、
クアラルンプールだろうか?

あわてて涼みに入った
エアコンのきいたレストランで、
辛ぁいカレーを食べた時の、
あの気分にも似ている。

高円寺駅前通りを南に進み、
青梅街道に出る寸前で
左にある路地に折れる。
ソコには絵に描いたようにレトロな、
想像通りのアパートがあって、
木枠の門構えを
少しかがみ気味に入って行き、
共同トイレのある廊下の
3番目のドアをノックした。

「だぁ〜れぇぇぇぇx?」

くぐもったトレモロがかった声で、
思いっきり瞳孔が見開いた冨士夫が、
何日も寝ていない皮膚感の
顔面をなでなから姿を現す。

「トシかぁぁ、はいんなよぉぉぉ…」

言われるままに
すえた匂いのする部屋に入ると、
グニュッとした感触が足の下でした。
ゾッとしながら確かめてみると、
それはバナナの皮の切れ端なのだった。

改めて部屋の中を見渡す。
そこらじゅうにあらゆるものが散乱し、
ありもしない現実の何かを
ずっと探していた跡があった。

“とんでもない世界になってきたぞ”

そのとたんに、僕は、
途方もないザワザワ感に襲われたのだ。

そう、あの夏もまたクソ暑かった。
1983年の夏、7月の後半は
のきなみ30度を超え、
会社と親父が入院している
病院通いの日々だったのである。

ソコにつけての冨士夫の
もうひとつの姿を思い知らされ、
ちょっとした日傘や
気のきいた木陰では
防ぎきれないほどの、
白熱地獄を感じていたのだった。

冨士夫と関わるなら、
ほどよい距離がちょうどいい。
離れ過ぎると警戒されるのだが、
近づきすぎると、あっついのだ。

とにかく、あっちい。
とんでもなく火傷をするのである。
何やらいろんな物事が飛び火してきて、
笑っちゃうくらいに
人生観を変えられてしまうのであった。

そうだな、冨士夫との距離感は
どのくらいが適切なんだろう?

そう考えてじぃっと目をつぶると、
チコヒゲの笑顔がボォっと浮かんできた。
そう、あの人くらいの距離感が
ちょうどイイのかも知れない。

付かず、離れず、
誘われてもメンバーにはならず、
それでも、頼まれたら、
腕組みしながらもうなづくという、
そんな感じがちょうどヨイのである。

しかし、そうなるには
長年の職人感覚といってもいいほどの、
人間観察力が必要だろう。

チコヒゲは北海道の出身である。
それも旭川の上のほう。
地平線の見える大地で
包容力でも養ったのだろうか?

ソレに加え、
もともとがストイックだったから、

「80円もあれば1日暮らしていける時代だったんだよ」

と、初の東京暮らしを語っている。

その調子でニューヨークにも渡った。
名だたるミュージシャンと共演し、
フリクションとしても
時代のスポットを浴びたのに、
ちっとも気取っちゃいないのだ。

僕が知り合ったころは、
西荻のアパートの
シンプルな生活空間で、
珈琲を沸かして愉しんでいた。

冨士夫がシーナ&ロケッツに疲れて、
高円寺の倉庫のようなスタジオで
ソロで録音をしようと想いついたとき、
その相棒として呼んだのも
チコヒゲだったのである。
(ジニーもいたけどね)

それが『プライベート・カセット』として、
冨士夫の久々の新録として世に出たときも、
チコヒゲは引き際を心得ていた。

決してそれ以上は
近づこうとはしなかったのだ。

コチラとしては、
スッと去って行く立ち姿が、
少しあっけなくもあったが、
すがすがしかったのを憶えている。

そういえば『プライベート・カセット』も
夏の真っ盛りの出来事だった。
暑いのに、
エアコンのエの字もない空間で、
我慢大会のような
レコーディングだったような気がする。

「絵が見えてこないなぁ…」

と、冨士夫の音に駄目だしをする
チコヒゲの大真面目な
腕組み姿を思い出す。

そんな1989年の夏は、
猛暑ではない平均的な暑さ
だったと記録されている。

TEARDROPSの忙しさはピークを迎え、
8月は北から西や南まで、
イベントが満載なのであった。
ソコにつけて京都BIG BANGから、
冨士夫への出演依頼があったのだ。

TEARDROPSで行くには
少々条件が合わない内容だったので、
冨士夫単独で行くことにした。

ところが、

「いや、ヒゲと一緒に演りてぇんだ」

という冨士夫の意向をくんで、
冨士夫とチコヒゲとの
ユニットにしたのである。

『プライベート・カセット』発売時の
ステージをやらないままだったので、
演奏する楽曲はその中から選んだ。

1989年8月23日の水曜の朝、
お盆明けの東京を朝8時のクルマで発ち、
午後3時には京都に着いた。
その日の全国の平均気温は28度なのだが、
さすがに京都は31度もあった。
やはり、盆地は暑いのだ。

着いて1時間後の
夕方4時にリハを行い、
本番は夜7時からである。

全ての曲をぶっつけ本番で演るのだが、
その中でも1曲だけ、
チコヒゲがジミヘンの『PURPLE HAZE』を
歌うことに決めていた。
その曲が冨士夫が演る『蒔いた種』に
つながっていくという、
この2人にしかできない離れ業なのであった。

あと1曲、決めごとなしの
インスピレーション・ソングを
この日のレパートリーに組み込んでいた。

『プライベート・カセット』が基本なので、
全体的に音数が少ない曲作りに
なっていることもあるのだが、
それにしても、
ギターとリズムだけで充分だった。

いや、冨士夫とチコヒゲだけにしか
表せない世界観が、
そこに展開されていたのだった。

あまりにも良かったので、

秋も深まった10月24日の火曜日、
芝浦インクスティックで
行われた企画イベントでも、
このユニットの再演をしたのだった。

………………………………

あれから、29年といったところか…。

今年の8月は、
冨士夫関係のイベント話が
何も聞こえてこない。

誕生日と命日が重なって、
毎年8月は何かと冨士夫を
思い出すことが多いのだが、
今年はちょっぴり寂しい気がする。

でも、
その代わりといっては何だが、
GOODLOVINから、
冨士夫の誕生日である8月10日に
『FUJIO & CHIKOHIGE LIVE 1989』
を出すからライナーを書いて欲しい、
という依頼がきた。

そう求められて思い出すのは、
やはり夏だった。

そして、その時代に伴う様々な状況。
若い時は先に進むのに必死で、
周りの景色があまりよく
見えていなかったりする。

年月を重ね、
ベテランになってくると、
物事をふかん的に観るように
訳知り顔になるものだが、
冨士夫はそういった慣習を嫌った。

「俺はいつまでも少年のままでいてぇんだ」

大真面目にそう言うのだ。

ベタな冗談だと想い、
思いっきり笑ったのだが、
本人を見たら、
何だか恐ろしく本気らしい。

あの時、1989年の夏、
冨士夫は40歳にさしかかっていた。

バンドブームが起こり、
ロックは一気に若返りし、
普通の子たちが楽器を抱えて
街の中に溢れ出していた。

ソレ以来、ひと夏ごとに
冨士夫は若くなって
いったような気がする。

約10年会わない時期もあったのだが、
久し振りに会った冨士夫は
見た目とは裏腹に、
ほんとうに少年のようになっていたのだ。

加齢による身体のガタつきや、
病気などの痛みとは逆行して、
心はどんどんと若返っていく。

少年に返った冨士夫の心は、
ついには子供のようになって、
終いには幼子になって
違う次元に戻って行って
しまったのかも知れない。

そんな、
夏物語はどうだろうか?

誰がどう居直っても、
人生は愉しくも切ないものである。

夏になると、
妄想が蝉の鳴き声と重なって、
森の中に染み込んでいくようだ。

づづぅっ…と、
その瞬間に心を沈めてみる。

「ふかーく、深ぁーく、落ちて行くときが、最高なんだよ」

脳と心とが重なる処で、
冨士夫の懐かしい声が聴こえてきた。

(1983年〜今)

PS/

2018.8/10 Release
山口冨士夫&チコヒゲ FUJIO AND HIGE LIVE 1989(DVD)
89年当時僅か2回のみふたりだけで行ったライブ映像を収録!
初回限定特典に本編未収録映像を収録したDVDR付き。
予約受付中矢印右️https://goodlovin.net

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昨日、三茶で『シクスシクス 』を観て来た。
まだ無名の男女のユニットである。

生きるのにベテランになってくると、
常に何らかの音楽が心の中で鳴っていて、
とりたてて新しい音を必要としない。

蝉の鳴き声で充分なのである。

困ったことに新たに魅かれる音が無い。

しかし、
別に探しているわけでもないのだが、
ゾクゾクするような高揚感は、
僕らみたいな輩には
ある種の生き甲斐でもあるのだ。

昨日の『シクスシクス 』には、
まだまだカケラだが、
心を揺さぶる何かを
感じることができたような気がする。

次の シクスシクスは、
鳥井賀句・大先生のイベント↓
に登場するようだ。

7月26日(木曜日)@荻窪Club Doctor
18:30開場、19:00開演前売り:2000円/当日:2500円+DRINK
http://www.clubdoctor.co.jp/ 03-3392-1877
出演:PENNY IKINGER BAND、ホンノマジカナハル(LAPIZ:VO&G元フリクション、肥後ヒロシ:VO&B元ミラーズ、チャンス・オペレーション、藤掛正隆:DS元銭ゲバ、渋さ知らズオーケストラ)、シクスシクス、simsim BBQ

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