155『幸せな時間/“転々”』

7月に入ったが梅雨は明けず、
ゆっくりと自粛の時間が流れている。

こんな時は日がな一日
もの思いにふけったりするのだ。

やりたいことを考えては
密かに妄想をする。
聴き心地の良い音楽を探して
少し遠くのスピーカーから流し、
“何をしようか”
なんて漠然と想うのである。

フリーの生活をしていると、
そんな空白の波が
当たり前のように寄せてくる。

その波長はとめどもなく
続いてしまうので、
ほどほどのところで
“はっ!”っと、
我に返る必要があるのだが、
そのタイミングがまた難しいのである。

だから最近は、
“そんな時も近いな”と、
少しそわそわするよーにしているのだ。

いつでも陸に上がれるようにと、
ネットサーフィンをして
想像力を養っていたら、
(ただ遊んでるだけじゃねーか)
『転々』という
2007年公開の映画を見つけた。

実は、この映画に冨士夫は出演するはずだったのだ。

2006年の秋頃だったか、
突然、僕の携帯に謎の着信があった。

「はじめまして。山口冨士夫さんの連絡先はこちらでよろしいでしょうか?」

問い合わせをしてきた相手は、
某映像制作会社の助監督を名乗った。

「監督が是非とも山口冨士夫さんに出演していただきたいと言っておりまして」

と言うのだ。
いきなりなのでとまどったが、
内容を聞いてから判断したいと思い、

「監督さんにお会いすることはできますか?」

と切り返した。

映画の出演依頼なんて、
初めてのことだったし、
誰も冨士夫の演技を見たことがない。
コレにはきっと特別な仕掛けがあるはずだ。
誰だってそう思うだろう。

「わかりました。それでは脚本をお送りしますのでご検討ください。役柄はギターマンと云って、ギターを弾く役どころになります」

ということで、
監督にお会いするのは
“脚本を見てから”
という事になったのである。

突然に心の中がザワザワとした。
なんだか面白そうだと想ったのだ。

思わず、当時通っていた
飯田橋の事務所を出て、
法政大学前の土手から外堀を眺め、
煙草に火をつけたのを覚えている。
(そういえば、当時は考え事をする度に、煙草に火をつけたものだ)

モクモクとした煙の中に、
苦みばしった顔をした
冨士夫が浮んできた。

「悪いけど、断ってくれないか」

冷たい表情でハッキリと
言い放つ声まで聞こえてくるあの感じ。
そりゃあそうだろう。
冨士夫がこの話を快諾するとは
とうてい思えなかったのである。

冨士夫はことあるごとに、
角川映画『人間の証明』での
ジョー山中の役は、

「ほんとうは俺にきてたんだよ」

と言っていた。
ホンマなんだろーか?

電話で出演依頼されたらしいのだが、
「俺はヤだよ、ジョーにすれば」
って言い放ったら、
ホンマにそーなったらしい。

その話がほんとうかどうかは
この際どーでもいいとしても、
電話で今回の件を伝えるのは100%NGだろう。

なるべく成功の確立を上げるべく、
実際に本人に会って、
対人密着型で話さなければ伝わらない。

まもなくすると脚本がバイク便で届いた。
すかさずソレを持って、
遥か羽村まで出向くことにしたのであった。

行くすがらの電車の中で
届いたばかりの脚本に目を通し、
なるほどと思ったことがあった。

主演がオダギリジョーだったからである。

人づてにオダギリジョーは、
『村八分好き』だと聞いていた。
高校生の時に組んでいた
バンドメンバーの証言を得ているのである。

「僕らは『村八分』をコピーしてました」

知人の会社で働くバンドメンバーは、
確かにそう言っていたのだ。
(ちなみにオダギリジョーはドラムだったらしい)

“そーか、そーゆーことなのかぁ”

単純な僕の頭は独りよがりに納得する。

さらに脚本を確認すると、
冨士夫演じるギターマンには
台詞が無いことに気がつく。

新宿の西口公園あたりで、
大音量でギターを弾いていれば良いのである。
まさに適役ではないか。
♪まいた種♪のイントロを弾きながら、
迫り来る冨士夫を連想した。

“こりゃあ、冨士夫にうってつけの役柄だぞ”

全体のストーリー性に
関係なく登場するギターマンは、
あえて冨士夫を出したいが為に
創られたキャラではないかと想像した。

いや、完全にそう思い込んだ時点で
冨士夫ん家に到着したのである。

「おや、トシ、いらっしゃい。突然にどーしたんだぃ?何かたくらんでるんかぃ?」

出迎えてくれた冨士夫は、
するどい眼光をコチラに向けてきた。
すでに『転々』が充満して、
挙動不審になっているコチラを
早くも見抜いているのだ。

僕には子供の頃から、
悪巧みをしているわけでもないのに、
そう思われてしまう雰囲気がある。

「映画出演の話がきたんだけどさ」

だから、なるべく普通を装って、
さりげなく本日の課題を切り出した。

「映画ぁ!? まさかもう勝手に決めたりしてねぇだろーな」

「勝手に決めたりしないよ」

“今回はね”という言葉を呑み込んで、
事のいきさつを話し、
ソファに横たわる冨士夫に
『転々』の脚本を渡したのだ。

「わかった、読んでみるよ。コレ持って温泉に行こうぜ」

最初は“嫌だね!”って
吐き捨てていた言葉が、
時間が経つに連れて
丸くなっていくのは
いつもの事である。

場所を変えて考えるってことは、
期待できるってことなのだ。

温泉というのは、
町のゴミ焼却炉のエネルギーを利用した
入浴施設のことである。
体調を崩していた冨士夫には、
恰好のリラックス・スペースだったのだ。

「トシ、身体を洗ってから湯船に入れよ」

って、急にどこかのオバさんのよーに
注意深くなる冨士夫と、
野外スペースの湯船に浸かっていたら、

「さらって読んでみたけど、台詞があったほうがいいと思うんだ」

と、にわかギターマンが言い出した。
もはや、やる気満々なのである。
しかし、妄想が妄想を呼び、
勝手に役作りまで考えるに到ると
それはそれでまたやっかいなのだ。

「まだ、わかんないからさ、勝手に膨らませないほうがいいと思うよ」

今度は、反対に押さえに入る。

「あんだよ、ソレ! やっぱ、やらねぇ! めんどくせぇや」

いきなりきびすを返すと、
歌舞伎役者のように湯船から上がり、
とんとんとんという足音と共に
浴室内に消えて行くのだった。

”いいところまでいったのになぁ”

結局、その日はそこまで。
結論は後日に延ばし、
物別れに終わったのであった。
(こうゆうことはよくあった。冨士夫は最悪なケースまで充分に考えてから、結論を出すタイプだったのである)

…………………………………………

数日後、冨士夫から連絡がきた。
前向きに考えたいから来てくれというのだ。

急ぎ馳せ参じると、
ちょうどティナキャッツの
ベースの奥さんなども居て、
和やかに談笑しているところであった。

「俺、今度、映画に出てみようと思うんだ」

ソファの裏から脚本を取り出し、
彼女たちに披露している。

「そうよ、冨士夫ちゃんは冨士夫ちゃんなんだからさ、役者だってできるよ」

と、根拠の無い誉め方をしながら、
大海まで小舟を押しやるおばさんたち。

「オダギリジョーと共演するの!? 凄いじゃない!」

と、もはや主役級である。

話は鰻登りに盛り上がり、
『村八分』話から『ダイナマイツ』話になり、
芸術論から映像の話題に移行し、
『オケラ長屋のダイナマイツ』
という映画を創りたいな、
というところまできて、

「それだったら、俺の役をやるのは草刈正雄だな」

と冨士夫が言った。

「えっ!?」

突然に時間が止まった気がした。

「あんだって!? 冨士夫ぉ? が 草刈正雄ぉ?」

エミリのひと言で
その場に居た全員が大笑いした。

調子に乗り過ぎた冨士夫が
うつむいてしょんぼりしている。

そんな、予期せぬ“幸せな時間”だった。

理由のない高揚感に包まれて
ずっと笑っていたのを覚えている。

…………………………………………

翌日の朝から、
連絡をくれた助監督に電話していた。
早く監督に会って、
内容を詰めなければならない。

初っぱなの連絡から5日ほど経っていたが、
あれ以来何の連絡もないので
急いではいないのだろう。

昼にも連絡したが留守電であった。
きっと忙しいのだろうと思っていた。

夕方になり、
やっと助監督から折り返しがあった。

「もしもし、◀◀◀ですけど、ご連絡をいただいたようで」

「お世話にないます、お忙しいところすみません。遅くなりましたが、冨士夫の了解が取れましたので監督さんにお会いしたいと思うのですが」

「…えっ!?」

「…?」

「あの、山口冨士夫さんの…ですね。すみません、別の方に決まっちゃいまして」

晴天のへきれきであった。
ありえない出来事に頭が真っ白になり、
その後に何を口走ったのか
まったく覚えていない。

かつてのノートを見ても
何も記していないのだ。

僕はもともと臭い物に
蓋をするタイプなので、
ビジネスノートには
嫌な事のいっさいが抜けているのであった。

覚えているのは、
ギターマンで盛り上がった“幸せな時間”。
体調を崩していた冨士夫が
久々に笑ったひとときであった。

…………………………………………

今日の天気もどんよりとしている。

いつ降るでもない雨は、
晴れ晴れとした気持ちさえも
覆い隠してしまうようだ。

こんな時は日がな一日
もの思いにふけったりするのがいい。

ベッドにでも寝転がって、
冨士夫の歌でも聴いてみようか。

様々な想いが行き来して、

“幸せな時間”
だけが聴こえてくるように。

(2006年秋〜今)

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