John Suhr ~世界最高峰のハイエンドギターブランド~ その4

前回の”その3″はこちら。
https://www.niconico-guitars.com/html/blog/staffblog/john-suhr-4/

そして1994年、サーはフェンダーカスタムショップに加入。

なんと入社当社からシニア・マスタービルダーとなったサー。

当時同じ立場にあったのは、J.W.Blackだけでした。
(最初からシニアビルダーとして雇われたのは、自身の電気関係やピックアップの製造経験と知識のためだったと思うと本人談)

ここからのフェンダーでの活動は実に多種多様なものとなりました。

パーツやアンプ関連では
-ジェフ・ベックのピックアップの製作
-エリック・クラプトンのためのTweed Twinの製作
-BB King、Mark Knoplerのためのアンプ製作
-American Deluxe Bassのアッセンブリーの設計
(アンプの製作は、自宅のガレージでやったそうです)

またギターではフェンダーのハイエンドタイプとして生産された”Contemporary Series”と”Showmaster”へ大きく貢献したそうです。

Pensa時代にトム・アンダーソンにオーダーしていたボディは、ストラトのようなシェイプでサイズを小さくしたものかつ、ジャクソンのようなメタル系にはならないようにとリクエストされたもので、それはのちにいわゆる”ディンキー”シェイプ呼ばれるものになりました。

サーはそのディンキーボディをフェンダーに持ち込み、それを元に”Contemporary Stratocaster”モデルが作られることになります。

コンテポラリーシリーズのなかのもう一つのモデルが”Carved Top”モデル。

この開発では、ジョン・サーとジョン・ペイジで意見が分かれてしまったようで、
サーは、通常のフルサイズのストラトシェイプではなく、サイズダウン&コンターの変更など様々な加工やパーツ変更を考えていましたが、ページはこれまでのオーソドックスなストラトシェイプのままでやるべきだと考えました。

結果、ジョン・ペイジの意見が通ることになり、カーブトップモデルはフルサイズボディとなります。
が、しかしその後の1998年に後継機としてプロタクトモデルとなった”Showmaster”は、サーが当初提案していたボディサイズ&スペックのギターになったのは偶然ではないでしょう。(このモデルの生産はサーが退社後)

サーはフェンダーに在籍している間に1年ほどにかけて新しいCNCルーターの導入を提案し続けていたそうですが、それも叶わず。

Pensa時代のように自身の生産するものに対してデザインやスペックなどに完全なコントロールが欲しいという欲求と相まって、フェンダーに見切りをつけることにしました。

そして、1997年にわずか3年程の在籍となったフェンダーを離れ、自身のブランド”Suhr Guitars”を立ち上げます。

~”Suhr Guitars設立へ”続く~

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