[ニコニコ雑記] フラッグシップモデルから考える”当時の音” ~Part.2 1950年代前半編~

こんにちは、店長の野呂です。

ついに12月になりましたね。
今年も残すところ後わずかです。

「今年はどんな1年だっただろうか」なんて振り返ると、
毎年のことではありますが、やろうと思っていたのに中々できなかったことが色々と思い浮かびます。

皆さんにとって今年はどんな1年だったでしょうか。

さて、前回に引き続きではございますが、
フラッグシップモデルと共に時代の音の変化を振り返ってみたいと思います。

今回はエレキギターがぐっと現代の形に近づいた1950年代初頭から。

まず1950年のGibsonカタログですが、
そこで”写真と共に”紹介されているのは、ES-300、ES-150、ES-125の3機種となっています。

前回紹介いたしました1940年代から変わらない顔ぶれです。

しかしながら、仕様にはいくつかの変化が見られます!

まずPUがお馴染みの“P-90”へと変更されています。

“6つの調節可能なポールピースが付いてます”という売り文句に時代を感じますね。

そしてその位置ですが、フロントに戻っております。(40年代半ばから)
クリスピーなトーンが求められるカントリーシーンよりも、
甘い音色が求められるジャズシーンでの需要が高まっていたためにフロントへ戻したのでしょうか。

それともう一つ。注目すべき部分が最後のページ。

“Now in Production”

ここに新たなフラッグシップ・エレクトリックギターが密かに登場しております。
(なぜか写真はなく、モデル名と説明のみ記載されています。)

その名は…”ES-350”です! (モデル自体は’47から存在しています。)

こちらの写真は以前に在庫していた”Gibson Custom Shop 2016 Custom Crimson ES-350T”。
1955年に登場したモデルで、ES-350のThin Bodyバージョンとなっています。

“ES-350″は”ES-300″とほぼ同スペックではありますが、謳い文句に大きな違いが記されており、

“カッタウェイが施され、最終の20Fまで楽に使えます” とのこと。

この一文には楽器としてのギターの進歩のみならず、音楽にとっても大きな進歩が見て取れます。

それは、“ギターがリードを取る楽器としてちゃんと認識された” ということです!

ありがとう、偉大なるチャーリー・クリスチャン

おそらくはカッタウェイがなくてとても弾きづらかったであろうES-150で
ハイポジションまで使用していいプレイを残してくれたおかげで、
ギターが20Fまで使ってリードが取る楽器として認識されるまでになりました。

(写真を見ていただくと分かる通り、実際にはカッタウェイがあってもハイフレットは結構弾きにくいです。笑
それでもカッタウェイがないよりかはマシですね。)

フラットトップ・アーチトップ含めて初めてGibsonカタログにカッタウェイ付きのギターが登場したことで、
その後の新モデルはカッタウェイ付きが主流となっていきます。

そして皆さんお待たせしました。
同じく1950年ついにあのメーカーがギターブランドとして登場いたします。

“Fender”です。

会社自体は1938年に”Fender Radio Service”として誕生していましたが、
その名の通りラジオや音響機器の修理屋さんでした。

1945年にドク・カウフマン氏と共に”K&F Manufacturing”を設立し、
スティールギターとアンプの製造を開始。

しかしながら翌年には共同経営を解消、はれて”Fender”になるわけです。

さて、ついにエレキギターの歴史が大きく変わります。

世界初、“量産型 ソリッドボディ・エレキギター”の誕生です。
(実はリッケンバッカーはFenderよりも早くソリッドボディ・エレキギターを製品化していましたが、
量産できるものではなく、まだ市民権を得られていませんでした。)

構造的にはソリッドボディのスティールギターを既に製造していたレオ・フェンダーさん。
「これにフレット打ってエレクトリック・スパニッシュギターとして売ればよくないか?」
と言って作り出したかは分かりませんが、きっとそんな感じで構想したのではないかと想像しています。笑

その記念すべきギターは1949年にEsquire、1950年にBroadcasterとして登場し、
1951年にロゴが剥がされたNocasterという時期を経て”Telecaster”に落ち着くこととなります。

当時のお値段は、$189.50です。
(現在の貨幣価値に換算すると、おおよそ¥250,000程度)

音を響かせるための中空構造が存在するのがギターという楽器の常識だったわけですが、
この時ついにその常識が打ち破られたわけですね。

この“ソリッドボディ”には、大音量でもハウリングやフィードバックなどのトラブルが起きにくくなるという利点がありました。

“板にネジでネックを固定する”という、当時としてはまるで考えられないような破天荒な設計でしたが、
ボディアーチや緻密なネックの仕込み角を気にする必要がないため生産性という意味でかなり合理的でした。

しかもネックは反ったりフレットが擦り減ったりとトラブルが出たら交換したらいいという考え方で、
角度が設けられていないヘッドは1枚の板材から端材をあまり出さずに切り出すことを可能にしました。

さらにはインレイやバインディングといったギター界では定番の手間のかかる装飾も省かれており、
そのデザインは“異例中の異例”だったことは想像に容易いでしょう。

(実際にこのデザインは当時”スコップ”や”トイレの便器”などと揶揄されています。笑)

ペグが1列に並んでいることも、きっと新鮮だったに違いありませんね。
正確なことはわかりませんが、もしかしたら指板材が貼られていないネックもギター界に初めて登場したのではないでしょうか。

これだけ”ヘンテコ”なギターだったにも関わらず、ミュージシャン達には好意的に受け入れられました。
大音量化が進む当時の音楽シーンにおける使い勝手の良さがその要因かもしれませんし、
頑丈で壊れにくいという点もよかったのではないでしょうか。笑

そして51年には世界初のエレクトリック・ベース”Precision Bass”も発売されております。
単にウッド・ベースをエレキ化しただけではなかったのがレオ・フェンダーさんの凄いところ。
フレットを付けてストラップで肩に掛けられるようにすることで、
ギター感覚でのプレイを可能にしてしまった楽器史上に残るスーパー革命的なモデルでした!
持ち運びに優れていて、音量がコントロールでき、しかも頑丈ということで、
瞬く間に市場で好評を博しました。

これを見て当然黙っていなかったのがギター作りでは大先輩の“Gibson”です。

ギブソン社は当時のトップギタリスト、Les Paul氏に助けを求めます。

実のところLes氏は、1941年の段階でソリッドギターの原型を自身で製作しておりました。
1946年にはギブソンに自身のアイデアを持ち込むものの、
“ソリッドボディのギターなんてありえない” といった感じで一蹴されてしまっていたのです。

しかし皮肉にもFenderに先を越された今、
ギブソンはLes Paul氏に頼るしかなくなってしまったのでしょう。

ギブソンがLes Paul氏に何と謝ったのか、どのような条件を提示したのかはわかりませんが、
1950年にはカタログの表紙にはLes Paul氏の写真が登場しています。

すぐさま“Les Paul & Mary Ford”の映像にも登場したプロトタイプが作られ、
1952年には無事“Les Paul Model”として発売となりました。

当時のお値段は…$210です。(現在の貨幣価値に換算すると¥280,000程度)

同じカタログ上のホロウボディモデル、ES-300は…$255

アーチトップの最上位モデルのSuper400…$475

比較していくと、お値段的にはまだミドルクラスの楽器として登場しております。

はたしてこの後、ソリッドギターやエレキギターがハコモノの値段を超える日は来るのでしょうか。
次回に乞うご期待ください。

今回はこの辺で。

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