ロジャー・サドウスキー ~トップベースブランド~その4

その3はこちら。
https://www.niconico-guitars.com/html/blog/staffblog/sadowsky3/

さて自身のオリジナルギター&ベースを製作を始めたサドウスキー。

フェンダーの良い部分はそのままに使い、サドウスキーがそれまで培った経験から生まれた改良点をプラスしていく形になりました。

現在でもその基本姿勢はあまり変わらず、比較的オーソドックスなシェイプをしたものが多くなっていますね。

ミュージシャンとの一対一の関係性を何よりも大切にしているため大量生産は出来ないため待つことも多かったようですが、それからもスタジオミュージシャンやセッションミュージシャンはもちろんのこと、様々な著名なアーティストたちからのリペアやオーダーが入り続けます。

1982年には、ポール・サイモン(Paul Simon) のギターの修理と製作。

ポール・サイモンは、
“サドウスキーの作るネックが自分にとても合ってとても好きだ。そして彼の作るストラトタイプのギターは本当に音が良い。
Gracelandのレコーディング時にRay PhiriとJohn Selolwaneに渡したサドウスキーのギターをそのまま二人ともツアーの時にも使っていたよ。”
と絶賛しています。

1984年に、プリンス (Prince) パープルレインツアーのためのギターを6本製作。
その内の2本は、当時プリンスが市場では見つけられなかった”Hohner H.S. Anderson”のレプリカの作成。

その他にもプリンスからのリクエストで、ネックの中にチューブを通して、泡や液体を飛ばすことが可能なカスタムギターを作成しました。
“こんな装置がついたギターでも良いサウンドにするためにかなり頑張ったけど、プリンスはサウンドなんて全く気にしていなかった。それからはこんな馬鹿みたいな依頼は一切受け付けないと心に誓ったんだ。”
とサドウスキーはのちに語っています。

その話は業界でも広がったのか、その後はあまりそういう話も来ることがなくなったそうです。

1985年には、のちにFender Custom ShopのマスタービルダーとなるJW Blackを正式に従業員として迎え入れています。

JW Blackは、元々MartinのDick Boakに師事しており、プリンスのためのギター製作の際にサドウスキーのアシスタントを務めたことで二人は出会うことになりました。

それからJW BlackがFender Custom Shopに行くまでの4年ほどの間、サドウスキーギターに在籍することになります。

当時の二人のインタビューなどを見ても、お互いをリスペクトした非常に良い関係であったように感じられます。

~JW Black氏についての詳しい話はこちらを参照ください。~
https://www.niconico-guitars.com/html/blog/staffblog/j-w-black/

1987年には、日本のディストリビューターである岡田インターナショナルとの提携が始まります。

ここから日本でも知名度のあるブランドに大きく成長していきます。

日本との蜜月の関係は続き、2003年にはついに日本でのライセンス生産も始まります。

~続く~

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