016『存在自体が非常識』 汽笛が

016 『存在自体が非常識』 汽笛が

「トシ、150万用意してくれ、
スタジオを作ろうと思う!」

久々に冨士夫の鼻息は荒かった。

こっちはいきなり張り手を
くらったようなものだ。
“パーン”っと、
目の前が真っ白になっている瞬間に
高円寺まで呼ばれていた。

気がついたら『BOOWY』の事務所にいた。
一階がオフィスで地下がスタジオになっている。
「冨士夫さんが引き継いでくれるなら嬉しいです」
みたいなことを『BOOWY』のジャーマネから言われている。

「うん?何の話だ?」

と思いながらも、
いかに勘がワルいワタクシめでも
冨士夫の企みが読めてきた。
冨士夫はこのころ、
『BOOWY』のスタジオを借りて
個人練習を多くしていた。
その『BOOWY』は今、まさに化ける寸前。
ロフト三日間を満杯にして、
大きく飛躍していく
まさにその“時”だった。

「こんにちは!」
明るく挨拶をしながら
『BOOWY』のメンバーが
オフィスを行き来する。
とりわけ氷室京介は華がある。
こんなカッコイイ男がいるんだな。
と思った。
が、それどころじゃない。

「先行投資だよ、トシ。
俺たち、いま、大事なときなんだ。」

振り向くと、冨士夫の目が輝いている。

常識で考えて欲しい。
29歳の妻子ある会社勤めのガキ相手に
“150万”だと!?
言うか? ふつう!?
そうは思ったが、
『存在自体が非常識』は
清志郎が冨士夫につけたキャッチフレーズ。
そっと、冨士夫のほうを向くと
えんま様が笑ったような顔になっている。

「ほんとうのトシはチガウんだよ。
常識で自分を計っちゃいけないよ」
な〜んて言っちゃってるのだよ。

それにしても、
世の中はなんとも不思議だ。
きっと、まるで人を試すかように
小さな運命を握っている神様が
いるのだと思う。
その神様が、少し前、
僕に小さなプレゼントをくれていた。
それは、ちょうど120万くらいになる
デザインのアルバイトだった。
それが、まさに、
振り込まれたタイミングでの
この、えんま様の笑顔……。

『こやつ、知っておるのか?』

と、思ったが、そんなはずはない。
誰にも話してないからだ。

実は、その金で僕は自堕落に
遊びまくろうと思っていた。
給料は家族に全額入れているのだから
いいではないか。

まずは、六本木のスクエアビルにでも行って、
ノルモレストでもやりながら
浴びるほどの酒を飲んで、
ブイブイ、ブタのように
彷徨ってやろうかと思っていた。
いったい、それを何回できるのだろうか?
きっと、終いには飽きて
捨てるように無駄使いをしているのだろう。

そのあげくに、
きっと飲み過ぎで身体を壊し、
会社をクビになり、
やけになったあげく
苦手な大麻でも吸い、
逮捕され、
「でき心なんです、ほんとは好きじゃないんです」
なんて言っても
「嘘をつけ!お前の周りを見てみろ!」
とか言いながら刑事にどつかれ、
娘に泣かれ、親に見捨てられたあげくに
小菅の拘置所の狭い窓から
夕日を見ていると、
「面会だぞ」とか言われ
行ってみると、冨士夫がいる。

「トシ、これ、よかったら……」

と、最近自宅で宅録した
カセットかなんか見せられたりして、

「冨士夫、実はオレ、あの時 150万…」
とか言いかけたら、

「わかってるよ、トシ。わかってる、
ひとりで遊んじまったんだろ!?」
なんて言われて

「わあ〜っ!」と泣き伏す。

な〜んてことにならなくて、ホント良かった、
と思うことにした。

そう思いながら
大家さんに120万を渡して契約した。
(差額の30万は冨士夫の旧友が
投資してくれたらしい)

「はい、確かに150万いただきます。
それじゃ、50万は敷金ね。
二年後に更新しなければお返しします。」
と、大家に言われ、

“えっ! 50万は二年後に返ってくるのか!?”

それを聞いた瞬間から、
僕は二年後にその 50万で
どんな自堕落な遊びができるかを
考え始めていた……。

(1984年『BOOWY』が華やかに舞う前夜)

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