014『ライブハウス協会』 Dear Prudence

014 『ライブハウス協会』 Dear Prudence

毎日、雨で鬱陶しいですね〜。
皆さんはどうしてますか?
これから夏が来て
暑くなると思うと、
それもまた覚悟が必要です。
なんちゃって、
いろいろと要らぬ事が
気になりますが、
ここはひとつ、
暑さをゆるくする、お寒いお話を。

ときは1983年の冬、12月のこと。
ジョン・レノンが亡くなって
三回忌だったと思う。
渋谷のエッグマンというライブハウスで
ジョン・レノンの追悼イベントがあった。
そこで、TUMBLINGSに出演依頼があり、

「村八分ではなぁ、そういうイベントは
いっさい出なかったよ。
だって、俺たちゃ、特別なんだって、
わかってんのかよ、よぉ、おい!」

って言う冨士夫を説き伏せて、
快く出させていただくことに。
なんでも、持ち時間は15分だとか、
バンドの転換を入れても20分だとか
確かそんな感じだった。
しかも、
“ビートルズの曲しか演っちゃいけない”
なんて条件でして、

「冗談じゃねぇよ〜!
そこで俺たちに何演れって言うんだよ」

って言う青ちゃんに、
〜出演者はフリードリンクです〜
って言う主催側からの説明だったので、
「迺み放題だって」と言ったら、
「じゃあ、呑みに行こうぜ!」
って、話がまとまった。

何時に出番だったか
忘れたけれど、
日をまたぐような
結構深い時間だったような気がする。
この日だけのために
オフコースが集まるとか。
それがどんな意味を持つことなのか、
全く感知しないTUMBLINGSには
どうでもいいことだったけど、
それが、このイベントの目玉だった。
だから、
会場は淑女でいっぱい、
清潔感溢れる空気って感じ。
完全にアウェーの中で
TUMBLINGSの演奏は、
『Dear Prudence』から
ゆっくりと始まったのであります。

「かまうこたぁないよ!
ビートルズなんかやめて、
自分たちの曲を演っちまおうぜ!」

なんて、
そんな恐ろしいことを
リハでは言ってたから、
なにが起こっても対処する
覚悟でいたんだけど、
この始まりで正直ホッとした。

『Dear Prudence』から
レゲェにアレンジした
『Love Me Do』へと進み、
『Twist and Shout 』
でステージを終了。
ちょうど15分。
なんだかんだ言うわりには
キチッとステージはこなすんです。

歓声もざわめきも無く、
発表会の後のような拍手を背に
楽屋に戻ったTUMBLINGSは、
「さぁ、終わった!じゃあ、呑むか?」
って感じだった。
だけど、考えてみればこのイベントは、
終わったらすぐに帰らなきゃ
ならないシステム。
次々とオートメーションのように
出演バンドが入れ替わる。
これじゃあ、
~出演者はフリードリンクです~
も何もあったもんじゃない。

「わかった!じゃあ、外で呑もう!
これ、持ってくよ!」

って、青ちゃんがビールを
ケースごと持ち上げた。

他のバンドとスタッフが
声も出せずに見てる中、
“そうだな!”とでも言うように
ゲラゲラ笑いながら
そこら辺の酒を持ち去って行く
TUMBLINGSの4人。
それは、まるで西部劇に出てくる
荒くれ野郎のようだ。

そのとき、あろうことか、
僕は他のバンドと
スタッフの中にいた。
(名刺交換が趣味だったもので…)
少し離れたところから
その嵐のような様子を見ながら、
ハッと思い、さすがに
「ねぇ、まずいんじゃないの?」
と皆を追いかけたんだけど、
「大丈夫だよ!」とか、
「責任はトシにある!」
とか言って笑って出て行く。

しかし、外はびゅ~っと
12月の木枯らしが吹いていた。
機材車にそれらを載せながら
飲み会は取りやめ、
結局、「寒いから帰ろうや」
ってことになったってわけ。

どころが、そのことが後日、大問題になった。
今も存在するのかどうか解からないけど、
『ライブハウス協会』という組織があり、
そこの定例会議で話し合った結果、
この日の一件で

『TUMBLINGSに対して、
都内の全てのライブハウスの
出入りを禁止する』

という“お達し”があった。
『使用を禁止する』ではなく
『出入りを禁止する』だった。

こんなことは前代未聞 !?
いい年をして、
センスのない悪ふざけをした
コチラに落ち度があるにしても、
あまりにも上から目線の決定に驚いた。

「どうしようか?
演るとこなくなっちゃったな」
なんて、呑気なことを
言ってるところに、

「ウチには、これまで通りに
出てもらうよ!」

っと、クロコダイルの
Nさんが言って来た。
Nさんはただ一人、
『ライブハウス協会』に
反旗をひるがえしてくれたのだ。

だから、それ以来
TUMBLINGSは
クロコダイルにしか出ていない。
冨士夫が最後までNさんを
信頼していたゆえんでもある。

自虐的な意味も含めて、
ウチらの悪ふざけは
なんとも大人げなかったが、
ロックの看板を掲げた
『ライブハウス協会』のお仕置きは、
なんともお寒い限りだ。

12月の寒空に吹く、
木枯らしのようだった。

「寒くてビールも飲めねえや!」
って、意味でね。

(1983年12月)

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