017『たいまでたいほ』さびたとびら

017『たいまでたいほ』さびたとびら

私は濃いB型。
両親、兄弟、すべて同じ血液型だ。
よって、嫌なことは
自然に忘れてしまう能力がある。

「カ○ヤはあれだな、臭いものにフタだな!」

と、冨士夫の担当弁護士だった
『F』先生からもよく言われた。

その『F』弁護士に初めて会ったのは
84年の冬、
南阿佐ヶ谷の青梅街道沿いにある喫茶店だ。
当時はまだ会社員たちが
“モーニングサービス”を摂る
習慣があったのだろう。
店内はぎちぎちに混んでいた。
そんな場所では深い話もできない。
挨拶もそこそこに、
簡単に出来事と経緯を確認した後、
『F』弁護士と僕は、
喫茶店の隣にある杉並警察署に出向いた。

事件の翌日なので
本人に接見できるのは弁護士だけだ。
僕だけ『生活保安課』で
待つことになった。

「あんたがマネージャーか。
冨士夫もホントはさ、
良い奴なんだがな。
まあ、あれだな、
ちょっと意志が弱いんだな」
と、いきなり四十絡みの刑事が寄って来た。

「えっ!? あっ、お世話になります」
って言うのも変か!? 
なんて思っていると…、

「俺もずっと地元だからな、
グループサウンズのころから
冨士夫のことは知ってるよ」
と、言う。

「あっ、阿佐ヶ谷ですからね」
なんて、なんだか切り返しがぎこちない。

「そう、あの境遇で
よくひねくれなかったと思うよ。
グレちまった奴もたくさんいるからな」
って、確かにその刑事は言った。

どんだけ知ってるんだろう?
しかも、この気安さ。
まるで遠い親戚の叔父さんにでも
会ってるような不思議さだった。

この南阿佐ヶ谷にある
『杉並警察署』から見て、
冨士夫たちが暮らしてた
『北阿佐ヶ谷』の地域は、
ちょうど反対側だ。

阿佐ヶ谷駅の南側は
昔から発展してたようだが、
北のエリアは、小さな商店街が
ひとつあるだけの
未発達な環境であったらしい。

その商店街の北の端にあたる路地を左に折れると、
冨士夫の育った『聖ホーム』がある。
車一台が通るのがやっとの路地なのだが、
『ホーム』と道を挟んだ正面には
今も都営住宅が建っている。

『ダイナマイツ』はここで生まれた。

この都営住宅の話は冨士夫からよく聞かされた。
別名を『オケラ長屋』というらしい。
戦後、大陸からの引揚者や
ワケアリの人たちが移り住んだ場所だ。

「あの時代って、ほんと、面白かったよ。
 俺の住んでた『オケラ長屋』のさ、
 前の道を行くオマワリに
 よく石をぶつけたもんな(笑)
 ひっでぇ時代だったからなぁ(笑)
 新任のオマワリなんか、
 この辺がいちばんヤバいところだって
 教わっているから、
 道の向こう側で立ち止まって
 なかなかこっちに来れないのよ。
 それで動き出したら
 “おッ!来るぞ、来るぞ!
 まぁ、最初の洗礼だからな”
 とか言っちゃってさ、
 二階の窓からバカバカ
 石をぶつけるんだよ(笑)
 だって遊ぶ事がねぇんだから。
 それが唯一の楽しみだったんだから(笑)」

と、『ダイナマイツ』のリーダーだった
瀬川さんも当時を振り返り言っている。

ヴォーカルの瀬川さんは冨士夫の2級上、
ドラムの野村さんは3級上、
同級生だったベースの吉田くんを合わせて、
『ダイナマイツ』は、
みんな『オケラ長屋』の住民だ。
つまり、道を挟んだ『聖ホーム』と
『オケラ長屋』で『ダイナマイツ』は生まれ、
一緒になって、オマワリに石をぶつけていたのだ。

回りくどい説明をしてしまったが、
つまり、杉並警察署に昔からいる
四十絡みの刑事が、
冨士夫のことを親しげに語っても
不思議ではないってことを
言いたかったのだ。

場面を戻そう。
その刑事は「後学のために…」
っとか言っちゃって、
保安課をひとまわり案内してくれた。
部屋の奥の方にマッシュルームカットに
ジーンズというカジュアルな出で立ちの
青年が二人いた。
『City Road』(当時の情報誌)を手にし、
一人は青と白のストライプ柄のシャツを
着ていたのをはっきりと覚えている。

「彼らは潜入捜査班だ」

と、刑事は教えてくれた。
ライブハウスなどに客に混じって
入り込み捜査するのだと言う。

「ほんとにいるんだ」と思った。

よく冨士夫がステージの上から
「おっ!今日も刑事がきてるな!」
と、軽口MCを叩いていていたが、
あれは、あながち間違いじゃなかったんだって、
このとき確信した。

それにしても“ゆるい”。
刑事もゆるければ
潜入カジュアルGメンもフレンドリーだ。
“よろしく”っとでも言うように
ペコって会釈をする。

まさかここでも
「お世話になってます」
とは言えないだろう。

とりあえず
「気をつけます」
と、言っておいた。

「そう、気をつけろよ!」
って刑事に言われたので、

「了解しました。今後の参考に致します!」
と、ヘンテコな挨拶になった。

しばらくして、
冨士夫との接見から
戻って来た『F』弁護士から詳細を聞いた。
昨夜、冨士夫は、
プライベート・スタジオに行ったらしい。
スタジオはシャッターを“ガラガラ”っと
持ち上げて入って行くようになっている。
夜な夜な毎日のように
シャッターを開けて入って行く冨士夫が
目をつけられていたのかも知れない。
スタジオから出てきたところを
警察官に職質され、
あろうことか、
逃げたところで捕まった。

もってたのが大麻。
“たいまでたいほ”
“ま”と“ほ”のひと線違いだが、
そんなことを言ってる場合ではない。

「冨士夫は足は速いはずですが…」
と、逃げ足の話をしたら
「こうゆう時に、そうゆうことを
言えるのなら大丈夫だ」
と『F』弁護士に言われ、
具体的な対策を練ることにした。

結局、それから約一年間、
冨士夫はリハビリに旅立つこととなる。
詳しくは、また別の機会に
面白シリアスに記させてもらうが、
大金はたいて、スタジオを借りてから
幾ばくも経っていなかったので、
「どうすんだい!コレっ?!」
って、毎月のコストパフォーマンスも含めて
目が点になった。

はたして、冨士夫のいない
『TUMBLINGS』の運命はいかに?
冨士夫ちゃんは『リハビリ城』で
反省してくれるのか?

つべこべ言ってもしょうがない。
こうなったら、大好きな『FOOLS』でも
かまいながら、
三人『TUMBLINGS』でつなげよう。
一年なんて「あっ!」っと言う間だ。

私は濃いB型。
嫌なことにはフタをし、
良いことだけをイメージする。

すると、同じB型の妹に言われた。

「お兄ちゃんのそうゆうところを
血液型のせいにしないでね。
その楽観主義は、
もとからの、ゆるい性格なんだから」
って。

(1984年冬)

Follow me!