032 『 死ぬまでドライブ』 TEARDROPS

032 『 死ぬまでドライブ』  TEARDROPS

ステージの時間に間に合わなかった、
もうライヴは始まっている。
息せき切ってセンター街を走っていた。
打ち合わせが長引いたのだ、
あれこれと重箱の隅まで確認しやがって、
今日のようなクライアントが一番やっかいなんだ!?
なんて言いながら、想いを吐き捨てた。

「ちょっと、待ってくださいよ!食いもんが出ちゃいます!」
振り向くと、後輩のコピーライターが汗を拭っている。
「だから、いいよ、ついて来なくても!」
〜口を動かす前に、手を動かせ!〜
これがサラリーマンの鉄則である。
さしずめ、今は足だ。
一刻も早く足を進めて、ライヴに行かなくてはならない。

『屋根裏』の中は、真っ暗だった。
いや、ほとんどの暗闇に、
赤い照明が人物の形を浮き出させている。
僕らは、まばらな客の間を抜けて
ホールのセンターまで行き、
演奏をしている『TUMBLINGS』と対峙した。
曲は『 死ぬまでドライブ』。
重いリズムにサイケデリックなギターが渦巻いている。
それは、まるで、暗闇に見える
工場から出た灰色の煙が、
ず〜っと空高くまで立ち上り、
いったい何処まで行っちまうんだろう?
という不安な気持ちで眺める感じ。
目が離せないまま固まっていると、そのうち
現実とは違う処に
本当の事があるんじゃないのか!?
そんなふうに、時々誰かが耳もとで囁く、あの感じなのだ。
子供のころから僕はずっと想っている。
そんなに現実を気にすることなんかないのだ。
想った事をすればいい……。
『 死ぬまでドライブ』は、そう囁いてくる。

「コレッ、良いっスね!」
後輩のコピーライターの顔が
ぬっと、面前に現れた。
「こいつ、まだ居たんだ…」
という思いと、誉められたことで、
なんともいえずに浮き浮きと高揚したのを憶えている。

会社に勤めながらマネージメントをしていた
切ない修行時代のお話。
ステージが始まる7時くらいに会場に行くのは、
広告会社勤めには難しかった。
忙しくて目が回りそうだった。
夜は他の会社からの仕事も請け負っていたから、
夕方から会社を出ると、たいてい
“打ち合わせから直帰”と、ボードに書き込む毎日だった。
電車の中でも、どこでも、
中毒のようにアイデアを考えていた。
いきなり両膝の痛みで目を覚ましたことがある。
電車の中でドアに向かって立っていたのだが、
寝不足で立ったまま寝てしまい、
ガクンっと、膝から落ちたのだった。

まさに、都会の歯車の中にいる気分。
直属の上司が自律神経失調症になり、
鼻歌を歌いながら地下鉄のホームから線路に降り、
持っていた週刊誌を“パン、パン”と
歩く足に叩きながら電車に向かって行ったと、
その場にいた同僚から聞いたとき、
冨士夫の曲が頭の中でリアルに鳴ったのである。

“ぐるぐる廻る 都会の歯車
 足 踏み外してみな そいつの エジキ”

それにしても、限りなくベタな曲だと思う。
こんな歌は冨士夫にしか似合わないだろう!?
いい意味で“幼稚”なのだ。
冨士夫にしかできない“Rock”のセンスなのだと思う。

『TEARDROPS』のアルバムを録る時、
この曲が最初に僕の脳裏に浮かんだ。
それほどまでに、この曲が好きだったのだ。
アルバムに入れたのは別のテイクだが、
逆回転の音なども入れた、
必要以上にわざとらしくてサイケデリックな
このボツテイクが気に入っている。

はたして、冨士夫は いま、
どこら辺を走っているのだろう。
そこには、青ちゃんや佐瀬も居るかい?
もしかすると、良だって居そうな気がするな。
きっと、みんなでワイワイ言いながら、
ドライブでもしているのだろう。

今日は良の命日だからね、
何処までも走って行きそうな気がするんだ…。

(1984年〜88年)

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