050 『サウサリート/遥かなるMixin Love・2』風にとけて

サンフランシスコから
ゴールデンゲートブリッジを渡った
対岸にサウサリートはある。
昔はただの漁村だったらしいが、
近年では芸術家が多く集まる海辺のリゾートだ。

海岸近くから緑が茂る斜面になっており、
夕暮れどきになると、
そこに点在する住宅から灯りがこぼれ出し、
それが幻影的な景色を映し出していた。

そんな空気感を体感しながら
空港に迎えに来たポールの車で
プラントスタジオに行き着いた。
しかし、「やっぱり」と言うのもオカしな話だが、
バンドのメンバーの姿はどこにもなかった。

相変わらず神は降りて来てはいないらしい……。

ミキシング・ルームに入ると
ゆったりと作業をしている麻琴さん(久保田麻琴)と
ジンさん(寺田ジン)が笑顔で迎えてくれた。

「それでも2曲もできてるよ」
と、皮肉めいた口調で麻琴さんが言う。
「ほんとに?! 良かった、どんな感じですか?」
一曲も収録できていないと聞いていたので、
ついつい、嬉しい声を出してしまったのだ。

「『グッ、モーニン』と『いきなりサンシャイン』」

“エッ!? それって……”

「そう、何もしないんじゃスタジオ代がもったいないからね、
その2曲を録って調子をみたんだ」と、言う。

つまり、この時点でも
カタチになる新曲の収録はゼロだったわけだ。
アルバム『Mixin´ Love』をご存知の方は、
これで新曲でもないこの2曲が
アルバムに収められている理由が理解できただろう。
そんなよもヤバ話があったのである。

早速その2曲にサックスを入れるチカシ。
そのチカシをスタジオに残して、
僕は冨士夫のところに行くことにした。
ローディのオオジが運転するクルマで、
少し離れたコンドミニアムに向かう。

「冨士夫の宿は近いのかぃ?」

軽やかに左ハンドルを握るオオジに聞いてみた。
基本的には、全員の宿泊先はホテルだったが、
冨士夫ひとりだけはコンドミニアムにしていた。
理由は持病の膵炎にある。
デリケートな腹具合を考慮して
エミリが自炊をして、
健康管理に努めていたのである。

「すぐそこです」

オオジは決して、無駄な修飾語を用いない。
それは、シスコに来ても変わりなかった。

プラントスタジオのあるサウサリートという地域は、
植物の生態系が日本によく似ている。
だから、なんだか妙に落ち着いたりする。
乱暴にいえば山中湖にでもいる感覚だ。
これでアヒルちゃんボートでもあれば、
間違いなく山中湖畔だろう。

そんなことを考えていたら、
間もなく緑の中に入り、冨士夫の根城へと着いた。
クルマを降り、個建てのコンドミニアムに向かう。
玄関を入るとギターの音色と共に
冨士夫の声が聞こえてきた。

「世界はいったい何処に行ってしまうのであろぅ〜?」

何だかイイ調子だ。
こーゆーときのアーティストは
絶好調か、お話にならないかのどちらかである。
気をつけろよ、ベイビー、そんな気分なのだ。
リビングに入ると、間接照明の薄明かりの中で
冨士夫とカズが向かい合ってギターを弾いていた。

……そこに、静かに割って入った。

「ワっ! トシ〜、久し振り!」
と、少し驚いたように言うカズと、
「オッ!? ついに来ましたな」
っと、意味深げに人を斜め見する冨士夫。

「スタジオには寄ってきたの?」
とにこやかに聞くカズと、
「奴ら、何か言ってたか?」
と、いぶかしげに人の顔色をうかがう冨士夫がいる。

「別に、とりあえず挨拶をしてきただけだよ」
と答えると、

「嘘つけぇ〜!? 曲ができてねぇからって、
怒ってただろーが?!奴ら」

日照りが長く続き、
すっかり、へそが曲がっている冨士夫は、
もはや完全に疑り深いはぐれ者だ。
焦っているのである。
焦れば焦るほどハイになっていく、
ミュージシャン独特の病にかかっていた。

それでも、必死に曲を作っているのだ。
邪魔をしてはいけない。
八つ当たりをされる前に、
早々に立ち去ることにした。

そして、再びギターをかき鳴らす冨士夫たちを後に、
残りのモンスターたちを探すことにしたのだ。

とは言うものの、
あてもなく探して事故に遭うのもなんなので、
取り敢えずスタジオに戻ってみた。

すると、いたのである。
スタジオの中でもTVのある休憩スペースに、
ヒゲをはやしたデカいモンスターが。
点数はあまり高くないのだが、
格闘技好きなので闘いにはめっぽう強い。
こちらに目をくれると、
あえてゲットするまでもなく、
嬉々としてソファから跳んで来た。

「トシ! いつ来たんだ?!
ダーティ・ハリーやりに行こうぜ!」
と、意味不明の言葉を浴びせる
ビッグ・ビート・モンスター。

以前にも書いたが、
佐瀬は大のアクション好きである。
クイント・イーストウッドとは
似ても似つかぬ容姿をして、
どの面さげてダーティ・ハリーと
同じ事をしたいと言うのだろうか?

松田優作の遺作になった
映画『ブラック・レイン』なんかは、
8回も映画館に観に行っていた。
それでいて、毎回感想を言ってくる。
格闘シーンがどうだったとか、
言いながらいつまでも興奮しているのだ。
それが、8回目くらいになると、
さすがに、マイケル・ダグラスのうどんのすすリ方が
気になってくるらしい。
人間、マニアックになると違う方向に行くこともある。

「佐瀬、そのくらいにしておけ!」

そのときは、あきれ半分に怒った冨士夫が
9回目の『ブラック・レイン』鑑賞を止めていた。

結局は、このヒゲ・モンスターには、
『ダーティ・ハリー5』での、
ランバートストリートでのカー・アクションを
再現させられた挙げ句に、
中華料理まで奢らされたのだった。

さて、残るモンスターは、
ミュージシャンをナリワイとしているくせに、
めったにギターにも触れないという特殊なタイプ。
時間さえあれば寝ていたいというモンスターだ。

もちろんスタジオに居るはずがない。
ホテルにチェックインしたついでに
青ちゃんのルームナンバーを聞き出し、
部屋に電話してみたのだ。

「おぅ、誰だよ? あっ、トシか。どうした?」

って、そりゃないだろう!?
一瞬、初台にいるのかという錯覚に襲われる。

シスコに来ても、青ちゃんはやっぱり青ちゃんだ。
何の気負いもなく、のんびりとやっていた。
日本食が恋しくなると、
冨士夫のコンドミニアムに出ばってみそ汁を所望する。
もちろん、作るのはエミリ。
江戸っ子はシスコに来ても気風が良いのだ。

「てやんでぇ! あわてるヤローは
もらいが少ねぇって言ってるぜ!」

まぁ、青ちゃん独自の気風ではあるのだが……。

さて、翌日から2月3日までの、
凝縮した1週間が始まる。
ここで、殆どのベーシックを録らなければならない。
この後のジャマイカでのシーンは、
ジャマイカのミュージシャンたちのダビングと
冨士夫の歌入れにあてられていたからだった。

冨士夫にとっても、
こんなにプレッシャーのかかる日々は
初めてのことだっただろう。
詞を作り、曲を作り、バンドをまとめ、
パブリシティまでこなし、
他のグループのゲストとしての演奏もする。

そして、たったいま、自身初の海外で
それら総てを背負ってレコーディングをしているのだ。

どうやら、曲は天から降り注いでくれそうにもないが、
大変な想いをした分だけ内には何かが育ちつつあった。

「オレたちはみんな、おんなじ船に乗ってるんだ!」

そんなフレーズを普通に言える輩は、
僕の知る限り冨士夫しかいない。

ゴールデンゲート海峡で漂っていたTEARDROPS号は、
マストをあげて風を扇いだ。
シスコでの残り1週間をカタチにするために、
船長である冨士夫が、
オモカジをいっぱいに切ったのだ。

「まったく、ジャンキーになる暇もありゃしねぇ!」

見渡す限りの海に向かって、
遥かなる想いが風にとけていく……。

(1990年1月〜2月)

PS/ 猛暑の日々がやってきました。ホントに暑い。
でも、「暑い、アッツ〜イ」と、あと2回過ごしますと、
すんごくあっつ〜い夜がやってきます。
そう、8月10日は冨士夫のあっつ〜い誕生日。
どなた様も、この日ばかりは日頃のうさを晴らすも良し、
浮き世の義理なんか捨てちまうのも良し、
良いも悪いもひとまとめにくくっちまって、
久々に出くわす仲間と共に
前後不覚に楽しんじゃってくださいませ。

【山口冨士夫Birthday Party】2016/8/10〜12
原宿/Galaxy(ギャラクシィ)03−6127−2099
http://www.thegalaxy.jp/

※詳しくはフライヤーを参照してください。

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