052番外編2 『夏の終わり』/真夏の夜の動物園

8月も終わりに近づくと、
少しばかり日暮れが早まって、
夜7時まで明るかった高揚感が
少しずつ影を落としていく。

その長くなった影を目で追って行くと
その先に冨士夫が立っていた。
「何やってんだよ、トシ、早く来いよ」
……いつだって文句ばかりだ。
まぁ、そのわりには笑顔なのだが……。

鎌倉の海に行ってたころは家族だった。
エミリと一緒に居着いてしまい、
ひと夏、ウチの家族として遊んでいたのだ。
僕は会社に行っていたから、
土日になると冨士夫の案内で海の家に行く。
ビニールコップに入ったビールと
イカリングを奢ってもらったけれど、
だけど、そんなことより、
僕より由比ケ浜に詳しくなった冨士夫が、
ほんとうは、少しばかり悔しかった。

高円寺に移ると『抱瓶/ダチビン』によく行ったっけ。
冨士夫はやたらと大勢で呑みに行こうとする。
そこら辺にいる知り合いをみんな連れて行ってしまうんだ。
そりゃあ、わいわいと大騒ぎで、
他の客が遠巻きにコチラを観察しているのがわかる。
だけど、コッチは別のことを考えてるんだ。
これじゃ、まるで真夏の夜の動物園だって。
それにつけても、ズズっと見渡して思った。
「こいつら、絶対、金持ってねぇぞ…」ってね。
案の定、勘定が足らなくなり、払うはめになる。
20人ぶんもの飲み代は持ち合わせていなかった。
免許証と名刺を店にあずけて歩いて帰った記憶がある。
息絶える蝉がぶつかってくる夜中に、
早稲田通りを朝焼けのなか、千鳥足だった。

この間、チコヒゲを呼び出して、
とある居酒屋で呑んでたら、
プライベート・カセットを作った夏の話になった。
ヒゲもどうやら、あの夏は懐かしいらしい。
冷房もない倉庫のようなスタジオで
冨士夫のアナログな毎日を録っていた。
コウ(フールズ)も毎日来るんだけど、
いつも階段に腰掛けて楽しそうに聴いているだけ。
一度もスタジオの中に入って来なかった。
誰もが誰かを気にしてる。
そんな、可笑しな夏だったような気がする。

そう言えば、
冨士夫はウチの子たちとも、よく遊んでくれた。
夏祭りの余興で、
長女が街の神社の“のど自慢大会”に出たときなんかは、
エミリと二人して、のどかに眺めてくれていた。
そのときの映像がある。
ドラえもんの歌に合わせて、
娘の名を呼ぶ冨士夫の姿だ。
ほっとする瞬間って、ほんの一瞬なんだな。
そんな気分にさせる夏祭りだったような気がする。

誰かが、人生は一瞬々の積み重ねだ
なんて言ってたけれど、
そう、確かに一瞬にして場面が変わることがあるんだ。
そんなことは、若い頃は考えもしなかった。
家族や仕事や金を、
遊びや現実逃避とのシーソーに乗せて
絶えず揺らせていたけれど、
それはとめどもなく続いていく作業で、
懲りもしない自分と懲りた自分が
交互に現れる現実だった。

それが、一瞬にして変わっていく。
頭の中には、あのときと同じ蝉の声がするのに、
森の中に出かけることもできなくなる。

冨士夫はギターも弾けなくなった。
身体がいうことをきかなくなったのだ。
もし、人生がひとつの舞台であったなら、
ここで、ガラッと場面が切り替わるシーンだったのかも知れない。
一度、舞台の照明が落とされて、
次に照明に照らされた時には、
舞台の場面は変わっているのだ。

しかし、意外なことに、
そのときのその場面は緑の中だった。
小さな川のほとりに蛍が飛び交い、
魚がはね、鳥がさえずっちゃったりしているのだ。

ちょうど8年前の夏、
北京オリンピックの開会式を見た次の日あたりに、
当時、冨士夫とエミリが暮らしていた
秋川の森の中に行った。
クロコダイルの西さんの紹介で
森の中の山荘で養生させてもらっていたのだ。

「どうだぃ?オリンピックの開会式は」

テレビも何もない自然の中で養生する冨士夫が、
さして興味もないくせに聞いてくる。

「人間が宙に浮いて、壁を走って聖火をつけたんだよ」

興奮気味に僕がそう言うと、

「うそつけぇっ!」 って、大笑いになった。

ほんとうはワイヤーで吊られて、
宙を走るように聖火をつけに行く演出なのだが、
もう僕の説明を聞く気もない二人が、

「ほんとうにトシは嘘つきだな!」

って笑っている。
だから、もう、いいや、って思った。
愉しければ、何でもいいのだ。
嘘でも本当でも、夏は愉しくなきゃ、つまらないのだから。

まだまだ、暑い日が続くね。
なんて会話がそこかしこで流れる夏の終わり。
まだまだ、語り尽くせない夏物語があるような気がする。
それは、誰でも同じだろう。
夏の終わりは、なんだかいつも切ないものだ。

少しだけ日が短くなり、
長くなってきた影を連れて公園まで行く。
冷えたハイボールでも買って、
夕暮れ時のベンチに腰掛けた。
ひとくち呑んで見上げると、
降るようなヒグラシの鳴き声が耳を塞ぐ。

とたんに、どうしようもなく冨士夫を思い出した。

「馬鹿だな、トシ、オレで稼げないなんて」

最後の夏が始まるころ、冨士夫はそう言った。
電話だったけれど、それでも、
久し振りの会話だったような気がする……。

夏休みを惜しむ子供たちが、
不思議そうな顔を向けて行き過ぎる。
8月の最後の日曜に、
幾つもの家族連れが家路に向かっていた。
その中で、何本目かの栓を開けた。

「なんか、酔っぱらっちまったなぁ……」
そう思ったら、思いがけずに泣けてきた。

(過去のいろんな夏〜この夏)

PS. 
残暑お見舞い申し上げます。
上記にも書いたように、
当時、クロコダイルの西さんや、
オーナーであったガンさんの奥さんには、
秋川のほうにあった山荘を提供していただき、
ほんとうにお世話になったのです。
そのお礼も込めて、2008年の11月8日に
クロコダイルでライヴをさせていただき、
その映像も残させてもらいました。

さて、あれから8年経ちました。
冨士夫が逝って3年経ちましたが、
来る11月3日の文化の日に、
あの時と同じようにクロコダイルで
ライヴを行おうと思います。
内容は順次お知らせしていこうと思っていますが、
冨士夫の誕生日に来れなかった人も
来ていただいた人も、
愉しく過ごせる夕べにしたいと思っている次第です。
楽しみにしていて下さい。

それと、そうそう、
【山口冨士夫『So What! こぼれ話』】
をたくさんの方に読んでいただき、ありがとうございます。
あれは、舞台が変わる前の冨士夫が語った最後の言霊です。
そう想って読んで頂けたら幸いなのです。
11月3日クロコダイルのイベントにも
面白くつなげていけたらと模索中であります。

台風が来て、蝉が騒ぎ立て、
夜になると虫の鳴き声も聴こえだす季節。
行く夏と共に、逝った人たちが偲ばれます。

そんな想いを肴に、
やっぱり、もう少し呑もうかな、なんちゃって。

もうすぐ、秋の夜長が始まるのですから……。

【山口冨士夫『So What! こぼれ話』】Goodlovin PRODUCTION
http://goodlovin.net/items/579a1bd7a458c08210004086
より、発売中……です。

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