054『サウサリートの最後の朝』/アイムソウリイ

『雲ひとつない青空に、ぽっかりうかんだ白い雲』

という詩(?)を小学生の時に書いて、
先生に笑われたことがある。
それも教室のみんなの前でだ。

でも、それは決して嫌な記憶ではない。
先生も微笑ましく笑っているのだ。
教室のみんなも楽しんでいる風だった。

……と、思うのだが、
ほんとうはどうだったのだろう?

その時の想いや、記憶する風景なんて
一人よがりでいい加減なものだ。
気分によって自分史に都合よく綴られていく。

だから、ときには、
思ってもみなかったことを言われることもある。

「トシは、あのときオレを置いて行っちまったんだ!」

恨みがましくそう言い、
肴をつまんでいた箸を置いたのはカズだ。
僕は、カズをサウサリートのホテルにポツンと置いたまま、
さっさとチェックアウトして去って行ったのだと言う。

まさか、イヌやネコじゃあるまいし……。

「本当かよ!? 全く記憶にございませんけど……」

カズの前にある刺身に箸を延ばしながら、
この死角からいきなり打ってきた
フックパンチをかわそうと思った。

「何言ってんだよ、起きたら誰も居なかったんだぜ!」

カズはやけに真剣だ。
生ビールのピッチも進む。

さて、それじゃあ、思い出してみよう。
時は1990年の2月3日。
僕たちはサンフランシスコ発マイアミ行きの国内線
UA-828に乗り込まなければならない。
しかも、午前8;55発だから、
早朝にホテルをチェックアウトしているはずである。
一緒だったのは冨士夫とエミリ。
その横で久保田麻琴さんとサンディーが微笑む図が浮かぶ。
そう、ジャマイカ行きのグループなのである。

「朝早かったからなぁ…ポールとかは?
カズを起こさなかった?」

ポールというのはコーディネイターである。
日系なのだが、調子の良い皮肉屋タイプ。
清志郎とはすこぶる仲が良いらしかった。
まぁ、東芝EMI御用達といったところか。

「知らねぇよ、とにかく起きたら
ホテルにはオレ一人しかいなかったんだって!」

おや?!って、思ってる間に、
カズはプンプン怒り始めた。

「おねぇさん、おかわり!」

忙しく行き来する、
前髪をそろえた可愛い店員さんに、
空になったジョッキを差し出して見せている。

それにつけても、
後から注文したホッケをつまみながら
“やっぱ、千葉の魚は旨いな”と思った。

「青ちゃんや佐瀬は? 一緒にチェックアウトしなかったの?」

「知らねぇよ、だって起きたら一人だったんだもん」

なんて、言ってもさぁ、ちょっと待ってくれ。
25年も前のサウサリートの朝の話をされて、
いったい、どうしたらいいんだろう?
このとき、やっとそんな想いが芽生えてきた。

……が、それにしても気になるではないか。
あまりにも不条理な話である。
3週間も見知らぬ土地で切磋琢磨したあげく、
ひとり、置いていかれるベースマン……。

いや、そんなことがあってはならないのだ。
きっと、これは何かの間違いである。
もう一度最初から検証しようではないか。

「すいません! チューハイ、
ウーロン割りでお願いします!」

前髪をそろえた可愛い定員さんが、
コチラに来るのを見計らっておかわりをした。

真剣に話をしてみたら、段々とわかってきた。
あのとき、カズだけ別行動だったのだ。
彼だけサンフランシスコからハワイに飛んだのだ。
ジャマイカ行きグループと、
日本への帰国グループとは別に
中嶋カズは単身ハワイに飛んだのでした。

「起きたら、もう昼ちかくてさぁ、焦っちゃったよ」

なんて、まだ言っているのだが、
コチラは午前8;55のフライトだから、
きっと、7時にはチェックアウトしてしているのだろう。
日本への帰国の便も朝だったような気がする。

だったら自己責任じゃねぇのか?
カズだけ午後のフライトだったんだろう?
なんて、思いがムクムクと起きてきた時、

「ハワイへのチケットも自分で買ったんだぜ!」

っと、新たなるパンチをカズはくり出してきた。
それは、パシッ!っと、油断している頬をかすった。
危ない、危ない、まだこんな力が残っていたのか。

酔ったときのカズは侮れない。
しつこく相手のミスをえぐってくる。

「日本までのチケットをチェンジしてなかったの?」

全く記憶にございませんが聞いてみた。

「ぜ〜んぶ、じぶんでやったんだよねぇ〜」

半開きの目で恨みがましく、そう言われた日にゃー、
まぁ、いい、もう降参なのだった。

「ごめんごめん、悪かったねぇ〜、知らなかったよ」

前髪をそろえた可愛い店員さんを目で追い、
奥の席の向こうに向かってオーダーした。

「生とウーロンハイ、両方おねがい!」

もう、すでに目がすわっているカズが、
ファイティングポーズで呑んでいる。
とりあえずクリンチで逃れることにしよう。
これ以上あおるとゴングも聞こえなくなりそうだ。

「だけどさぁ、カズ、ワルいけど、
もう少し早く言ってくれるかなぁ…、
25年振りに言われてもねぇ…。」

…………………………………………

この日は久し振りにカズと呑んだ。
千葉の船橋にまで出向いたのである。

中嶋カズはTEARDROPSの中でも
唯一こちらで頑張っているDROPだ。
奴までアッチに行かれちまうと、
本当に名前の通りのバンドになっちまう。
それなりにみんな、気にしているのだ。

この日は、とりとめもない話から、
´90年のサンフランシスコのシーンになった。
ベーシック・レコーディングが終了して、
ジャマイカでのダビングに移る、そんなとき。

カズが目覚めたら、独りぼっちだったという。

最近になって、エミリも言っていた。

「カズの追いてかれた話でしょ、コッチにも言ってたわよ」

そうだったっけ? 憶えてないよねぇ。
勘違いじゃないの?
知らないよなぁ。 今言われてもねぇ。

エミリとは、ざっくりとそんな会話になった。

だけど、カズの記憶の中には
よっぽど根付いているのだろう。
酒に酔うとまるで昨日のように蘇る風景。
サウサリートの最後の朝。

「中嶋さん、その節は申し訳ありませんでした…」

しこたま呑んで、へべれっけになって、
ぺこりとあやまった。

前髪をそろえたカワイ子ちゃんを探して、
「おかんじょ〜」をお願いする。

店を後にして、オモテに出てみたら、
何だかぜんぜん見知らぬ風景があった。

〜ここは、どこだ? あぁ、ちばか。 とぉ〜いな〜

そう思ったら、とんでもなく かったるくなった。

前を歩くカズの背中に呼びかけた。

「かえれねぇや、……カズんち、とめてくれよ……」

カズは、ゆっくり振り返ると、
少し傾いたような笑顔を向けて言った。

「いいけど、トシ、オレ、起こさねぇよ」…って。

(1990年〜2015年)

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