ジェームス・タイラー その4

前回はこちら。
https://www.niconico-guitars.com/html/blog/staffblog/jamestyler3/

口コミによりどんどんと知名度を高めていたタイラーギター。

1990年には当時ESPが所有していたSchecter Guitar Research USAからコンタクトがあり、パートナーシップを結ぶオファーを受けることになりました。
数ヶ月をかけた話し合いがあったようですが、この話は結局頓挫することになります。

しかし、この出来事を受けてタイラーは自身のブランドのやり方について間違いがなかったとますます感じるようになったそうです。

ここに至る時点でも、タイラーは基本的に口コミのみで、ほぼ雑誌の広告などのマーケティングがない状態でした。

にも関わらず、多くの関係者やギターリストに知られていることを実感したようです。

その年、サンフェルナンドバレーのセパルベーダブルバードにショップを移転して、新しいカスタムギターの製作に注力しました。

1991年には、タイラーは現在でもタイラーギターを象徴するフィニッシュであるサイケデリック・ヴォーミットのギターをマイケル・ランドウのために制作。
非常にユニークなルックスのフィニッシュと名前で、当初はタイラーもジョークとして作ったギターだったようです。
本人もまさか現在のような人気を持つことになるとは、おそらく想像もしていなかったのではないでしょうか。

さらに同年には、これまでのタイラーに無い新たなシェイプのギター”Ultimate Weapon”モデルが誕生。

ハードロック系の『レコーディング』でタイラーのギターは多数のギターリストに使用されていましたが、『ライブ』のために使用されることは少なかったということで、見た目がクラシックなストラトタイプではなく、よりコンテポラリーなルックスを求めてUltimate Weaponモデルを制作したそうです。

ダン・ハフは、Ultimate Weaponも気に入ったようで、ツアーにも持って行ったそうです。

ちなみにサイケデリック・ヴォーミットのランドゥシグネチャーは、1992年には日本でもオカダインターナショナルが輸入代理店となり、販売されており、当時の定価は600,000円となっていました。

1992年、ヴィンテージギターがトレンドになったことに合わせて、より伝統的なスペックのクラシックモデルを製作。

同年には”Tyler 4”&”Tyler 5”のベースもデビュー。

1993年、タイラーギターは、サンタモニカ・ヘリテージ・ミュージアムという美術館の”アルティメットギターショー(The Ultimate Guitar Show)”という展示会に招聘されることに。

タイラーは非常に新しいブランドながら、カリフォルニアを代表するギターメイカーの一つとして、フェンダー、リッケンバッカー、モズライト、シャーベルなどと並んで展示されることになりました。

タイラーは、それらのブランドと並べるほどに、高い評価とある程度の認知度を得つつありました。

~続く~

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