006『嘘つき退治』 Come on Boogie

006 『嘘つき退治』 Come on Boogie

1982年の冬、
冨士夫は音楽をやめていた。
持っていたギターを全て燃やし、
知り合いとのコンタクトを断って
北鎌倉に居たのだと思う。
だから、穏やかで静かだったのだ。

それでも、近所に冨士夫フリークが居て、
まだ少年だったが
よく冨士夫に会いに来ていた。
その少年がある時、
情報誌(シティロード)を持って来て言った。
「冨士夫さんが出てるよ!
ライヴするんでしょ?」
「何、それ?」
誰も知らないことだった。
シティロードを見ると
『フールズ+山口冨士夫』とある。
「こらしめてやろう」
「頼むよ、トシ」
と言われてその気になった。
いざ出陣!嘘つきを退治するのだ。

向かった先は法政大学。
学館ホールでのオールナイト・イベントだ。
受付に行くと学生スタッフがざわめきだった。
『冨士夫だ、冨士夫』
周辺からも注目されている。
学生スタッフの案内で
楽屋代わりの教室に向かっていると、
ポケットに手をつっこんで、
軽く与太った得体の知れない生物が
「おぉ!冨士夫!来たか!」
っと、口を尖らせて会釈をしている。

「第一嘘つき発見!? 退治しますか?」
「まだいい」
「誰ですか?」
「フールズのジャーマネだ」

この、いかにも不自然な汗をかいている
怪しい生物をやり過ごし、
僕らは楽屋に入った。

「よぉっ!冨士夫、来たか!」
とたんに、サングラスをかけた男に
声をかけられた。
ギターのチューニングをしながら
机に腰掛けている。
『第二嘘つき発見なのか!?』
緊張がはしる…。
冨士夫がこちらに向き直って言った。
「もと村八分の青ちゃん」
「よろしく!」
サングラス男は軽く笑った。
「オレのマネージャーのトシ。
ビートルズのブライアン・エプスタインに憧れて、
オレのマネージャーになったんだ」
って、その説明の仕方はちょっと恥ずかしい。
確かにこの間、呑んだ時に
「おれさぁ、ビートルズよりも
ブライアン・エプスタインに興味があるんだよねぇ〜」
とは言ったが、
あれは酔った口が勝手に喋った戯れ言。
しかも、それをここで使うとは ?!
しかも、冨士夫がビートルズだとは ?!

しかし、このフレーズは
冨士夫のお気に入りだったようで、
この後も初対面の人相手に
たびたび使われた。
そのたびに、なんだか、すんごく、
こっぱずかしい思いをしたのを憶えている。

今になって思えば当たり前なのだが
冨士夫はとっても人気があり、
次から次へと挨拶する輩が現れた。
しかし、この時の僕は何も知らなかった。
ライヴハウスに行ったことがなければ、
インディーズのシーンのかけらも知らない。
だから、きっとこの時に
たくさんのユニークなミュージシャンたちが
順に冨士夫を取り巻いたのだろう。
その一々に紹介され、
「よろしくお願いします」
と挨拶をしたのだが、
頭の中は真っ白なままだった。

いや、ちょっと待ってくれ。
いったい『嘘つき退治』はどこに行ったのだ。
何故に冨士夫は機嫌が良いのだ !?

『フールズ』の出番は朝方、
午前4時頃だったと思う。
「このギターを使いなよ!」
って言いながら、
ギターを持って来てくれた人が
まるでローディのように
いろいろと冨士夫に親切にしてくれたのだが、
今になって思うと
あれは『じゃがたら』のアケミだった。

ステージはバックステージから見た。
「次のキーは C ね!」
とか言って、1曲づつ『フールズ』の
ソバージュ・ヘアーのベーシストが
冨士夫に合図を送る。
「『フールズ』は彼のバンドなのかも知れない」
って勝手に思ったりした。
それにしても、ステージに上がった冨士夫にはビックリした。
『裸のラリーズ』の冨士夫とは違う冨士夫だった。
あとは、部屋の座布団の上で唄う
冨士夫を知っているが…
それは、まぁ、いい。
一口に言うと、これまでに見て来た
どんなギタリストよりもカッコ良かった。

実は『フールズ』にもショックを受けた。
インディーズの“イ”の字も知らない頭に
ベタっ!と『フールズ』の色がついた。

帰りの電車の中、
鎌倉に向かう横須賀線に揺られながら
興奮冷めやらぬ思いで冨士夫に言った、
「おれ、マネージャーやるよ!」って。
あの頃の電車は、
まだ、センターに摑まり棒が一本
床から天井に通してあった。
そこにもたれながら冨士夫が言う…
「よく考えたほうがイイゼ、トシ!
もう一度じっくり考えな…」
言葉はクールだが、
久々のステージで本人も
テンションがハイなんだろう。
目が充血している。

「大丈夫だよ。まず、どうしたらいい?」

「そうだな…」
ひと呼吸あって、
「それじゃあ、トシ」
こちらの顔をジッと見て言った。

「この人生あきらめて、ロックしようぜ!」

……なんだか、少しだけ嫌な予感がした……

(1982年、12月)

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